九 朋あり 楽しからずや
車椅子に乗った青い小袖を着た年頃の娘が河原の水の流れをぼうと見ながら、手元の御守りを弄っている。
お駒とおふみが車椅子の取っ手をつかみ、その後ろを勢二郎が歩いていた。
関本屋のおふみが久々に遊びに来たので、お千代を車椅子に乗せて、今日は少し遠出していたのだ。
鼻先にやってきた蝶を手で追いかけ、お千代はどこかご満悦の様子だ。
「うぅ…… あーー」
「ほら、お千代さん。後でお団子食べに行こうね」
「今日はご機嫌ですね、お千代さん。どこか喜んでるみたい」
橋で出来た影に座り、お駒はおふみに微笑む。
「おふみさんが遊びに来てくれたからだよ。忙しいのにありがとうねえ。お店は順調?」
「いえ、私がお千代さんに会いたかったんですよ。お店はぼちぼちです。皆さん、好意で安値で卸してくれますし、買ってくれます」
関本屋はおふみの兄、菅四郎の順調な回復や、番頭や丁稚たちの懸命な働きにより、少しずつ、建て直しが進んでいた。
おふみまで屋台や荷台を引いていると聞き、お駒は彼らを密かに見守っていたが、最近のおふみは顔色も良く、元気そうなので安心した。
「そうか、それはよかったよ」
そして、一言も発さず川の流れをぼうと見ている勢二郎を振り返った。
「勢さん、おふみさん来てくれたんだから、もう少し愛想良くしたらどうなの? 今日は賭場禁止だからね」
眉を顰めながら、勢二郎は舌を鳴らす。
「ああ? 俺に愛想を求めるなよ。金がねえから賭場にもいけねえよ」
まあまあ、とそんな二人を嗜めながらしばらくおふみは鞠でお千代と遊んでいた。
……それにしても
おふみはお千代の整った顔立ちを見ながら思う。
この子は武士階級出身だろうが、ただの一般的な武士の出なのだろうか、と。
以前、勢二郎の口から聞いた凄絶な過去の断片を思い出しながら、おふみはいつも彼らに会うと疑問に思っていた。
尋ねるつもりはなかったが、そんな疑問をふと口にしてしまう。
「それにしても、お千代さんって本当に綺麗な顔をしてるわねえ。高そうな小袖も似合ってるし、まるでどこかのお姫様みたいね」
お駒と勢二郎を振り返ると、しばらくの沈黙の後に、お駒は神妙な顔でおふみの目を見つめてきた。
「そうだよ。実はねえ……」
「え?」
驚いたおふみを見ながら可笑しそうにお駒は表情を変え、笑い出す。
「冗談だよ。おふみさんたら、真剣な目で聞くもんだから」
「なんだあ、そうかあ。少し驚いちゃった」
二人で笑い合った後、ふと振り返るとピィピィと野鳥の声がさざめく草原で、勢二郎は欠伸をしていた。
◇
ドブ街の寺子屋に今日も根岸の太い声と、生徒たちの朗らかな声が交互に響く。
「朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。さあ、続けて」
「「「朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや」」」
根岸は教本を手に、生徒たちの間を歩きながら、一人一人の顔を見ていく。
「ただ、遠くから友が来て楽しいな、というだけの意味ではない。これはな、今隣におる友を大切にせよ、という意味もあるんじゃ。わかったかな?」
「はい、先生」
そんな中、生徒の一人が手を上げ、根岸に質問する。
「先生! 先生にも友達はいるんですか?」
そう問われると、根岸は少し考える仕草をした後、苦いような懐かしむような複雑な表情を浮かべた。
「友、なあ…… ああ、おったよ」




