八 根岸の罪
『根岸よ、随分と良い御身分だな。大層なことをしでかした罪人の分際で』
闇の底から響いてくるような低いその声に、根岸ははね起きる。
ふと目を凝らすと、そこには斬ったはずの旧友、小泉掃部が不敵な笑みを浮かべながら根岸を嘲笑うかのように見下していた。
「小泉……! 化けて出たのか……?」
息を荒げながら根岸は小泉を見つめる。
自分が斬りつけたはずの首筋には、生々しいまでの刀疵がばっくりと開いており、黒い血が流れていた。
唖然とする根岸を、小泉はますます見下すように、呪いの言葉を紡ぐ。
『人をあの世に送っておいて、教師の真似事か? 貴様が倫理を説くな。虫唾がはしるわ』
根岸は恐れを振り払うように、ぐっと己の感情を飲み込む。
「勝之丞よ……! 俺だけが悪かった訳ではないだろう!? あの事件は…… 酒の席での事故なのだ! もう恨んでくれるな!」
思わず、幼名で旧友に語りかける根岸をクックと笑いながら、小泉掃部はあらぬ方を指さす。
『貴様の言う通り、俺と貴様の立ち合いにおいてはそうだろう。だがな、あれを見よ。あれを見てもまだそう言えるか?』
「……あ、ああ⁈」
指さす方を見ると、そこには同じく首筋に痛々しい傷が開いている男が根岸を冷たい目で睨んでいた。
『根岸新之介……! 絶対にゆるさんぞ……! この悪鬼め! 貴様が地獄に堕ちるまで付き纏ってやろう!』
それは根岸が返り討ちにした小泉の息子善助であった。
根岸は頭を抱えてうずくまる。
「うう……」
震え出す根岸の頭の上から更に響くような声が容赦なく聞こえてくる。
『俺を斬るだけならまだしも、貴様は俺の息子まで斬ってくれたな? 貴様自身が生き残る為に。大層な生き根性の汚さだ。貴様は俺よりも深い地獄に堕ちることだろう』
「……うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
悲鳴を上げて根岸は跳ね起きる。
起きてから、初めて今のが夢であったことに気づく。
汗まみれになった根岸は、悪夢を振り払うかのように外へ出て、井戸の水を浴びた。
そして夜風に揺れる柳の木を見つめて、頭を振りため息をついた。
今のは自分の罪の意識が生んだ幻影である、と頭を冷やす。
……しかし
己の罪は消えることはないだろう。
根岸は心中で祈りながら、二人の冥福を祈ることしか出来ない。
「悪夢か…… 化けて出てくれるな、小泉掃部、小泉善助」




