七 小泉家の事情
歳若い侍がどこか緊張した面持ちで江戸の街を歩いていた。
聞き込みを続けるその男の顔には、倦怠感が滲む。
やがて日が暮れると、とってある宿の暖簾をくぐり肩を回す。
「やれやれ…… 今日も疲れた」
そうして自分の部屋の畳にどっかと倒れ込み、横になる。
若侍は一日中、ある男の探索を続け気を張りっぱなしであった。
しかし若侍が息を吐く間もなく、宿の者が廊下から顔を出し声をかけてくる。
「小泉さま、お客様が来られておりますよ」
「客……?」
小泉と呼ばれた若侍は顔を上げ、心の中でため息をついた。
自分をわざわざ訪ねてくる者など一人しかいない。
やがて、階下から聞き慣れた足音がすると、若侍は居住まいを正した。
部屋の前で足音が止まると、声かけもなしに部屋に髭を蓄えた男が無遠慮に上がり込む。
そして若侍の顔を測るようにじっと見つめた。
「吉之丞、少しやつれたか? しっかり食え。資金は届いておるであろう?」
「叔父上……」
深くお辞儀をしながら、吉之丞と呼ばれた若侍は応えた。
「もちろん、仇を討つための備えは欠かしてはおりませぬ。本家よりの支援感謝しております」
若侍の名は小泉吉之丞。
根岸に殺された小泉掃部の末弟の息子であり、俗柄としては甥である。
そして、髭を蓄えた偉ぶる男は小泉修二郎。
小泉掃部のすぐ下の弟であり、打倒根岸の監督役でもあった。
やや疲労している様子の吉之丞を見つめ、修二郎は喝を入れるように声を張り上げる。
「よいか! あの日の屈辱を忘れてはならぬ! 怨敵根岸新之介は我が兄小泉掃部を酒の席にかこつけて切り捨て、あろう事か、その仇打ちに向かった嫡男さえも切り捨てた悪鬼のような男だ! 奴を討ち果たすまでは、我が小泉家は家中の笑い物である! 何としても根岸を斬れ!」
名門である小泉家は酒の席で当時の家長であった掃部を斬られてからは、藩内で好奇の目で見られることも多かった。
名門としての意地にかけて、根岸新之介への復讐に燃えていた。
しかし、事件直後に掃部の嫡子である善助を立てて、根岸を追っていたが、仙台で発見したところ、返り討ちに遭い、仇打ちのお鉢が吉之丞へと回ってきた。
嫡流に近いこと、根岸に会ったことがあること、年若く剣の腕がそこそこであること、などが理由に選ばれた。
当初、乗り気では無かった彼ではあるが、家中の者たちからこぞって詰め寄られ、仇討ちの旅に出ることになり、もう二年ほど根岸を追っているのであった。
反応も薄く、説教を聞いているのかいないのか、修二郎は俯いたままの吉之丞を睨みつけ、怒鳴りつける。
「吉之丞! 聞いておるのか⁉︎ おい! 腑抜けておる場合ではないぞ!」
おずおずと吉之丞は顔をあげる。
「わかっておりますよ…… 叔父上」
「その根岸新之介が江戸におるという情報を掴んでから十日! まだ見つからぬのか!」
小泉家は名門であり、ツテが広く、色々な情報が入ってくる。
根岸に似た浪人を江戸で見たという情報を元に、彼らは江戸へとやってきたのだった。
吉之丞は顔を上げて叔父に言う。
「叔父上、江戸は広うございます。いったい何万の戸と何万の民が住んでいると思うてか? そんな中から一人の人間を見つけるのは至難にござります」
「相変わらず、腑抜けたことを……! 怨敵を草の根かき分けてでも見つけ出すくらい言わんか!」
顔を赤らめ、ドンと床を叩く修二郎に吉之丞はまた俯き黙ってしまう。
修二郎はますます気焔を上げ、吉之丞を激励するつもりで声を大きくする。
「よいか、吉之丞よ。根岸を見つけたらすぐにワシに知らせるのだ。相手は悪鬼よ。もはやお前一人の腕でどうにかなるなどと思ってはおらぬ。ヤサを見つけたら人数を集めて夜討にするのだ。それしか我らに勝機はない!」
「叔父上…… そのような手を使ってでも根岸を討って、何になるのでしょうか? 私はもう、疲れ申した……」
「なにぃ⁉︎」
思わぬ言葉に修二郎は甥を睨みつける。
見ると吉之丞の顔色は良くない。
頭ごなしに叱りつけても、無駄と見た修二郎は小さく首を振り、やり方を変えてみる。
「しっかりせんか! ならば実利の話をしてやろう! 吉之丞! お前がどのような手を用いてでも根岸を討てば、小泉家の次期家督はお前が継ぐこととなる! そうすればここにおるワシも一枚噛めるわけじゃ! わかっておるだろう! 手段など問題ではないのだ!」
「……叔父上」
吉之丞はしばらく考えていたかと思うと、頷き叔父の目を見る。
「分かりました。必ず、根岸新之介を討ってみせます。どのような手を用いてでも……」
「その意気じゃ! 吉之丞! 根岸を討てば、お前には輝く未来が待っておる!」
嫡流が二人も討たれた小泉家としては、屈辱を晴らさんと何としても根岸を討ちたいと必死で仇を探していた。




