六
父親であり、大黒柱である関本典和が亡くなって数日が経った関本屋では営業再開の目処が立たない。
葬儀はしめやかに行われたが、薄々と事情を察知している商人仲間は裏の世界の住人に祟られることを恐れ、葬儀に出席する事を憚り、典和の心根に惹かれた心ある人だけが出席する心のこもった小規模なものとなった。
それにしても哀れなのは残された兄妹である。
おふみはすっかり病床に臥せてしまい、菅四郎は無礼討ちにあったという父の汚名を晴らすべく連日奉行所に通い詰めていた。
「お願いします‼︎ お奉行に会わせてくれとは言いません! ですが父の生前、最後に会っていたはずの高木という同心の話を聞きたいんです! 奴らの、稲富組の不正の証拠を父が渡したはずなんです! せめて息子の菅四郎が来ていたと話を通してください‼︎」
今日も頭を深々と垂れながら菅四郎は北町奉行所の役人に捜査の続行を懇願するが、いつものように役人たちはまるで蠅を追い払うように手を振りながら面倒くさそうに対応する。
「ええい‼︎ 連日飽きもせずに…… 帰れ!帰れ! 我らは忙しいのだ‼︎」
「もう諦めたらどうなのだ? お前の父親は酔って武士と喧嘩した挙句斬られたんだよ。自業自得だ」
その役人の心無い言葉に菅四郎は顔を紅潮させて食ってかかった。
「……おい! アンタが親父の何を知ってやがんだ⁈ 勝手なこと抜かしてんじゃないぞ‼︎」
今にも殴りかからんとする菅四郎を年配の役人が押しとどめ、宥めた。
「まあまあ、落ち着け。菅四郎とやら。おい、お前も言い過ぎだ。
こちらの言い方が悪かったことは謝るが、『無礼討ちは正当』という結論が出た以上どうしようもないだろう?
もう諦めて明日から仕事に励めよ」
菅四郎は歯噛みしながら拳を握りしめる。
……いったい何だって親父と俺たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだ
なぜ誰も俺の言う事を聞いてくれない?
そして寝込んだままのおふみの様子が脳裏に浮かび感情が抑えられなくなる。
「妹だって親父が斬られて以来寝たっきりだ……
なあ、お役人さん、こんなの絶対間違ってんだよ……!」
役人たちは目を見合わせてやれやれ、とため息をつき奥の方へと合図を送る。
「仕方ない。つまみ出せ」
そうすると手に棒や十手を持った別の役人たちが奥から現れ、菅四郎の肩を掴むと屋敷から引っ張り出し、奉行所の門から外へと弾き飛ばした。
菅四郎は地面へと投げ出され身体を強かに打ちつけた。
「もう来るな。仕事の邪魔だ。次はひっ捕えて牢獄に繋ぐぞ」
役人たちは菅四郎に冷たい目線をくれるとぴしゃりと番所の門扉を閉じた。
菅四郎はやり切れなさと悔しさに地に拳を叩きつけ泣き喚いた。
「くそっ……‼︎ 何するんだ‼︎ これが役人のやり方か⁉︎ くぅっ……‼︎」
そんな哀れな菅四郎を近くの屋敷の高所から見つめる三つの影があった。
やがて影の一人はため息を吐くと口を開く。
「……やれやれ、困ったもんだね、あの小僧にも。父親譲りの頑固さだ」
眉根を寄せながら影の一人、稲富弥平治は隣の男をチラと見遣る。
「思ったより諦めが悪くて困る。あーあ……
高木さん、アンタが金を渡して関本を殺させた侍は大丈夫なんでしょうな?何も喋りませんよね?
折角上手くいってたのに、このままじゃ不審に思った同心や与力が調べを始めるかもしれませんぜ」
典和をうまく罠に嵌めた高木はふう、とため息を吐きながら遠くでうずくまる菅四郎を冷徹な目で見つめた。
「ふん、仕方ないな。関本の子どもまで手に掛けたくなかったんだが……」
そして座敷で酒を呑んでいた黒の着物を着た風態の悪い男がへらりと嗤いながら男たちを見遣った。
「仕方ねえですねえ。やれやれ、ここは三人で力を合わせて殺りやしょうや」
額には大きな切り傷があり、筋骨隆々としたこの男の着物には丸に轟の文字が書かれていた。
ここらの裏の市場を取り仕切り、稲富商会とも縁の深い轟々組組長、轟熊一である。
稲富は轟と高木を見遣りながら仕方ねえ、と膝を叩いた。
「しょうがねえな、男が三人力を合わせればやれないことはねえ。
きれいさっぱりやっちまうか」
そうして歪んだ笑顔を見合わせながら男たちは薄暗い部屋から菅四郎を見つめながら嗤った。