張天山の最期
張天山を拉致した一行は彼を押し込んだ籠を担ぎ、数分歩くととある屋敷に入っていく。
ある一室に放り出された張天山は目を覚ますが、目隠しのため何も見えず、猿轡を噛まされているため叫ぶことも出来ない。
恐怖に戸惑い、怯えていると声をかけてくる者がある。
「おい、張天山。今から目隠しと猿轡を外すが決して暴れるなよ? わかるな?」
張天山はがんじがらめにされているらしい動けない身体で頷き必死で応答した。
やがて猿轡と目隠しが外され、周囲の様子が明らかになる。
「……はあっ‼︎ はあっ! ……ここはどこじゃあ⁈」
光に慣れると複数人の武士風の男達が冷たい目で床に転がる張天山を見つめていた。
張天山は自分がどうやらどこかの屋敷の座敷で手足を縛られ、転がされているらしいことに気づく。
やがて奥より足音が聞こえ、がらり、と戸が開くと何者かが上座に腰を下ろす。
そして裃を着た白髪の年を召した男は張天山を睨み、しわがれた声で言った。
「張天山、ワシがわかるな?」
張天山はしばらくその老侍を見つめ、何かに気づいたように目を見開く。
「……あ、あんたは」
上座に深く腰を下ろした老侍は怒りを押し隠した静かな声で、張天山を忌々しげに見つめた。
「そう、貴様ら三角山部屋の面倒を見てきた部坂じゃ。それにしても少し見ぬ間に落ちぶれたものじゃなあ、張天山よ。まるで野良犬以下ではないか」
張天山の拉致を命じたのは帯崎藩家老職・部坂であった。
彼は此度の失態の責任をとり、家老職を辞することとなったのだった。
しかし、張天山はむしろ内心で安心しながら軽口を叩く。
何しろ、謎の暗殺者たちから「汚い真似をすれば殺す」と脅しを受けていたのだ。
この数日気が気ではなかったが、部坂相手ならば悪くても多少の折檻程度で済むだろうと張天山は考える。
「ケッ! そう言うアンタも家老職を辞めるそうだな? はっ! 御隠居の老人がワシに何の用じゃ⁉︎ こんな回りくどい手を使いやがってよお!」
挑発するように軽口を叩く張天山に部坂は脇息にもたれかかり、無表情で淡々と話し続ける。
「それよ。わかっておるではないか、張天山。貴様の無様な相撲と明らかになった過去の悪行のせいで我が殿も藩も消えぬ汚名を被ることとなった。今日はのう、その始末をつけようと思うての」
「はあ⁉︎ 始末じゃとお? フン! 知るかよ! 勝手に腹でも何でも斬っとれや、ジジイ‼︎ さっさとワシをかえさんかい!」
部坂はその余りに無礼な態度に飛び出していきそうな近侍たちを「まだ早い」とばかりに睨んで押し留め、縄で雁字搦めにされている芋虫のような大男を冷たい目で睨み据える。
「やはりな。謙虚さの欠片もない。あれだけのことをやらかしておいて、我が殿に申し訳ないと少しも思うておらんのか?」
さもおかしいとばかりに張天山は身を捩らせながらくく、と笑う。
「はっ‼︎ 笑えるのう! 今さらなんじゃ? ワシはとっくに廃業して、三角山の親方も蒸発したと聞いとる。アンタも三角山部屋の責任をとって家老を引退した。これ以上何をしたいっちゅうんじゃ?」
冷たい目で侍従たちを振り返りながら部坂は淡々と告げる。
「お前こそ何を言っとる? 一つ、残っとるではないか。始末をつけねばならぬものが」
部坂の合図と共に侍たちは張天山を取り囲み、身体を掴み起き上がらせる。
「……ぐっ⁉︎ なんじゃあ‼︎ やめろっ! はなせっ‼︎」
ここにきて漸く、張天山は焦り始める。
よもや、命までは奪われないだろうとたかをくくっていたのだが、様相が違う。
部坂は身体を拘束され、青褪める張天山を煙たそうに見つめる。
「お前の首が一つ浮いとる。おい、張天山。あれだけ大勢の者の人生を狂わせといて、そして何より相撲の神の前で粗相をしておいてお前はこれからものうのうと生きていくつもりか? お天道様が許してもワシが許さん……!」
「ぐうっ⁉︎ やめろっ! やめろ‼︎ このジジイ‼︎」
相撲とは神事である。
部坂は張天山の振る舞いを調べるにつれ、どうしても始末を付けねばならぬ、と考えていた。
侍の一人が抜刀し、またもう一人が張天山の着物をはだけ腹を剥き出しにする。
叫び続ける張天山の口を侍たちは布で猿轡をかました。
声を出せなくなり、もがく張天山をゴミを見る目で見つめ部坂は手元の扇子をばきり、とへし折った。
「貴様がどれほどの罪を重ねたか知らぬが、少なくとも竜ヶ峰はお前が殺したも同然。貴様はワシの敬愛する相撲を汚した。苦しみながら死ねい」
次の瞬間、刀を手にした侍が張天山の腹を真一文字に引き裂いた。
「……グッ⁉︎ モガァァァァァァ⁉︎」
張天山の腹が横に裂け、鮮血が迸ると臓腑がどばとばと溢れ出る。
地獄の痛みに悶えながら張天山は前倒しに床へと這いつくばった。
部坂は折れた扇子を投げ捨てるとため息を吐きながら、張天山の悶える様子を感情の籠らぬ目で見る。
「全くもって見苦しい。貴様の名と記録は大相撲の記録から永久に抹消されることとなった。なあ、張天山よ。お前は何のために生きてきたのかのう。お前のような男はこの後に及んで欠片も反省する事も無いのであろうな……」
「……‼︎」
痛みに悶える張天山の脳裏に己の今までの所業が走馬灯のように駆け巡る。
……己が今まで何人の人間を罠にかけ潰してきたか
地獄の苦しみの中で張天山は、それでも反省する事なく怨嗟を吐き散らし、この世を呪い続ける。
そんな張天山に部坂は淡々と告げる。
「貴様の実家に位牌を届けるくらいはしてやろう。受け取ってくれるかは甚だ疑問ではあるがな」
「……ブッ‼︎ アアッ……‼︎」
帰りたくなどない実家に拒絶され、無縁仏となるであろう己の骸に絶望しながら張天山は数十分悶え苦しみながら死んでいった。
その後、張天山の名は未来永劫、大相撲の記録から寸毫も残すことなく消えることとなった。




