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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
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因果応報

 伏虎が張天山を完膚なきまでに降し、優勝を決めてから二週間が経った。

 幕閣や大名たちの前でこれ以上ない程の恥をかいた三角山部屋は、出資元である帯崎藩の怒りを買い、もはや廃業を余儀なくされ、放り出された力士たちは江戸中の笑い者となった。

 部屋を移ろうにも受け手はなく、三角山の者たちは誰もが力士を廃業する事となってしまった。


 三角山の大体の者が故郷に帰るか地方へと移り住む中、街の片隅のボロ小屋は異様な気配を放っていた。

 この小屋の前を通る道行く者達の誰もがヒソヒソと指差し、嘲るように通り過ぎていく。


 小屋の奥の方でもぞもぞと蠢く影に住人である男は恐る恐るといった風情で語りかける。


「……なあ張の兄貴 言いにくいんですが」


 聞いているのかいないのか、影は機嫌悪く男を見つめているような気がした。


「あっしも力士を廃業する事になりやした。つきましては明後日にはここをところ払いする事になりましたんで、ここからは兄貴が自分で住処を探して下さい」


 男は三角山部屋の元弟子の一人だった。

 半年ほど前に入門したばかりであったが、廃業を余儀なくされ、故郷に帰ることになったのだ。


 この男は運の悪いことに行き場のない張天山の世話を押し付けられることとなってしまった。

 男の住処には数日前から一人の大男が住み着いている。

 小屋の隅のボロきれのような布団からムクリと起き上がると、その影は脅すような声を出した。


「……おい! 聞き違いかのう? 今なんつった⁉︎」


 その大きな男は髭は伸び放題、酒臭く、肌も荒れに荒れていた。

 それは張天山の成れの果てであった。


 この数日、張天山は弟弟子のボロ小屋に住み着くと、昼から布団を頭から引っかぶり、溺れるように酒を飲むような一日を過ごしていた。

 伏虎に刻まれた恐怖と観衆の嘲笑が、張天山から覇気を完全に奪ったのだった。


 ため息をつきながら弟弟子は言いにくそうに繰り返す。


「ですから、ところ払いするので兄貴もここを出る準備をなさってください、と……」


 不意に陰から伸びてきた太い腕にぐい、と胸ぐらを掴まれる。

 張天山は目を血走らせながら弟弟子に凄んだ。


「ふざけるなあああああああ‼︎ ワシは……! ワシは横綱じゃぞ‼︎ 今までどれだけお前の世話をしてやったと思うとる‼︎ よくもそんな口を聞けたもんじゃなあ⁉︎ ああ⁉︎ 偉大なる横綱の世話をするのは弟弟子であるお前の役目じゃろうがあ‼︎ 最後までワシの衣食住の面倒を見させてやるっつとるんじゃあ‼︎」


 あれだけの事をやらかしておきながら、また大観衆の前で断罪されながら張天山は微塵も反省していない。

 どころか、面倒を見てくれている者にまでこの態度である。


 恥を知らぬその態度に呆れながら弟弟子は張天山の腕を外し、汚物から距離をとるように後退りする。


「……勘弁してくださいよ もう怪我も治っとるんでしょ? 明後日まではお世話させていただきますんで後はご自分で生活なさってください」


 至極真っ当な主張である。

 しかし、張天山は顔を紅潮させ、理不尽な怒りを爆発させながら拳を固めた。


「おい! そんなもんが通ると思うとるんか? ヤキをいれちゃる!」


 張天山が弟弟子に向けて拳を振り下ろそうとした時だった。


「……くぶっ⁉︎」


 張天山の拳より速く、弟弟子の拳が顎を穿つ。

 よろめき後ろに倒れる張天山を弟弟子は呆れたように見つめる。


「はあ…… 何が世話してやった、だよ、このクソ野郎がよ。全てを失って哀れに思ったアンタに情けをかけてやったのがまだわかんねえのか?」


 その冷たい眼差しを睨み返しながら、張天山は屈辱に震え立ち上がる。


「くっ……! きさまぁ! よくもっ! よくもワシの顔を……! ……ぐぅっ‼︎」


 しかし、弟弟子の蹴りが張天山の顔面や横腹を打ち、ひっくり返る。

 弟弟子は冷たい眼差しで、これ以上ないくらい惨めな張天山を見つめた。


「もうウンザリなんだよ‼︎ 誰からも嫌われるクソ野郎がよ‼︎ 知ってんだぞ⁉︎ アンタ、伏虎関に敗れて以来、争いになると身体が震えるんだろ? ほんと哀れだな。暴力をとったら何も残らない虫以下のクズがこの世に生まれたってわけだ」


 張天山は伏虎に敗れて以来、暴力を振るうことが出来なくなっていた。

 恐怖が身体を硬直させるのだ。


 張天山は屈辱に震えながら地に身悶える。


「……このっ‼︎ ワシは……! ワシは横綱張天山じゃぞ‼︎ そんな口をきいて……!」


 弟弟子は唾を吐きながら、張天山を尚も糾弾した。


「いつまで横綱のつもりでいやがる⁉︎ アンタの名前を聞いて恐れる奴も憧れる奴も、ましてや手を差し伸べる奴なんざもう一人も居ねえよ‼︎ 自分の今までやったことを思い返してみやがれ‼︎ もういい‼︎ さあ! 出てけ‼︎」


 そう言うと張天山の腰と肩を掴み、小屋から道端へと放り出すとびしゃり、と戸を閉じ切った。

 呆然とする張天山を道行く者達がひそひそと指を差し、嘲笑う。


「……ぐっ⁉︎ くそっ‼︎ くそうっ……!」


 しばらくすると仕方なしに張天山は立ち上がり、身体を引きずるように歩き出す。

 全ての覇気を失った張天山は行く当てもなく、酒場へと向かおうとする。


 すると、男の低い声が聞こえてきた。


「張天山だな?」


「ああ⁈ なんじゃあ⁉︎ てめえ‼︎」


 張天山が振り返ると、編み笠を被った二、三人の男達がこちらを見ていた。

 機嫌悪く張天山が睨みをきかせると、不意に布が口元へと伸びてくる。


「……うっ⁉︎ ぐぶっ⁈」


 布には睡眠薬が塗ってあるらしく、もがく張天山はたちまちのうちに大人しくなった。

 気絶した張天山を確認し、男達は頷き合う。


「よし、間違いない。連れてけ」


 男達は用意された籠を運んできた者たちと共に張天山を運び入れると、さっさとその通りを後にした。

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