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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
64/97

栄光の千秋楽

 熱気冷めやらぬ観衆たちは、土俵に用意された一段高い壇上に上がった伏虎を見て漸く鎮まる。

 伏虎は一息つくと観衆を見回し口を開いた。


「今日、俺を応援してくれた者は大勢いると思う。だがそれはあの汚ねえ張天山が憎たらしいという感情の結果に他ならない。それも分かっている。その上で聞いてほしい」


 暫し目を閉じると、この一年を思い返し今考えた言葉を紡ぐ。


「今日、俺が見ている景色を本来見るべき人がいた……」


 同郷の英雄だった竜ヶ峰の勇姿を思い出しながら伏虎は目を開き苦しそうに言葉を紡ぎ続ける。


「俺の尊敬する竜ヶ峰の兄貴は去年、張天山の奸計に嵌って身体を壊された。関節を壊された状態でこの同じ場所であの張天山に挑んだんだ……」


 去年の同じ場所で起きた惨劇を知っている観衆は息を呑みながら伏虎の言葉に耳を傾け続けた。


「結果は知っての通り、兄貴は去年の千秋楽であの野郎に更に痛めつけられて腰をやられ、ボロボロになって引退することになった。そんな傷心の兄貴に追い討ちをかけるように瓦版は連日兄貴の悪口を面白おかしく書き立てやがった……!」


 卑劣な奸計に嵌り、夢を潰された竜ヶ峰に対して世間の風はあまりにも冷たすぎた。

 この一年の悔しさを思い出しながら伏虎は涙を溢す。


「ブンヤどもの悪口を信じたお前らは調子に乗って、俺たちの借り住まいに落書きまでしやがった。……わかるか? 兄貴はこの世の冷たさや理不尽さに絶望を覚えて最愛のおまささんと心中したんだ。覚えててほしい。兄貴を殺したのは張天山だけじゃない。瓦版の嘘を信じて陰口を叩いた者も同罪だということを…… 土俵を離れたら力士も一人の人間だということを常に覚えててほしい‼︎」


 もちろん、この場の一人一人に罪がある訳ではない。

 それでも伏虎は伝えたかった。

 俯き己を恥じる者、伏虎の言葉に同調し涙を流す者、これからの事を肝に銘じる者。

 反応は様々であった。


 息を吐き、少し気持ちを落ち着けながら伏虎は観衆を見渡し大きな声で決意と礼を述べる。


「もし同じ事が起これば俺は何度でも怒り続けるし、言い続ける。それ以外の声援については…… 今日の優勝の力になった。ありがとう‼︎」


 小さな騒めきが収まると、観衆達の割れんばかりの拍手と歓声が、伏虎の優勝を祝福する。


「伏虎関…… すみませんでした」


「分かったぜ! 伏虎! 肝に銘じとくぜ!」


「いいぞ‼︎ 伏虎ーーー‼︎」


「頑張ったな! 伏虎ぉぉぉぉぉ‼︎ 」 


 概ね、伏虎の言葉は観衆たちの胸に響いたようである。

 伏虎はここでようやく「他人」に向ける笑顔を見せた。


「そして、兄貴の死に荒れ狂っていた俺を支えてくれたのは羽鳥親方を始めとする部屋の仲間たちだった。張天山を刃物でぶっ刺そうとした俺を止めてくれたのはそこに居る律子だった。お前たちが居なければ今日の俺は無かった。本当にありがとう!」


 拍手と歓声の中、角界の役員達から優勝旗を手渡されると伏虎は土俵を降り、羽鳥親方へと駆け寄った。

 羽鳥は目を赤く腫らしながら車椅子の上で伏虎を見つめる。


「虎……」


「親方、見ててくれたか? これはアンタのものだ」


 そう言って大きな優勝旗を親方の目の前へと掲げる。

 羽鳥は愛おしそうに優勝旗を撫でながら涙をボロボロと溢した。


「……ああ! ああ! もちろんだとも! ありがとう‼︎ 伏虎‼︎」


 伏虎は羽鳥の肩を軽く叩き、泣きながら竜ヶ峰の羽織を掲げ続ける同僚や弟弟子達を見て笑った。


「これから何度でも優勝旗を持ち帰ってきてやる…… だから元気になってくれよ親方」




 勢二郎は外れた札をびりびりと破りながらため息をつく。


「あーあ。俺の賭け札外れちまったよ」


 お駒は手を叩きながら、素直に伏虎を祝福した。


「そんなのどうでもいいよ! よかったね伏虎さん」


 ふう、と息を吐きながら白石は椅子に寝そべる。


「まったく…… やれやれだったぜ」


 弥太郎は頬を紅潮させながら、嬉しそうに壬午郎を振り返った。


「おじさん! 伏虎関が僕に声をかけてくれたよ! 連れてきてくれてありがとう‼︎」


「ああ、よかったな」


 そう言う壬午郎はいつものように表情が動かないが、どこか満足げな様子がうかがえた。




 羽鳥部屋の一行は江戸の街を優勝旗を掲げながら堂々と歩くと、外れにあった墓場へと辿り着く。

 そこにあった一つの墓へと優勝旗がよく見えるように掲げる。

 羽鳥親方は車椅子からよろよろと立ち上がり、嗚咽混じりに声を絞り出した。


「タツ……‼︎ 見てたよな? 虎がやってくれたぞ……!」


 伏虎は誇らしげに優勝旗を掲げると思わず一筋の涙を流す。


「アニキ……! 優勝旗だ……! 喜んでくれよ……!」


 感極まった同輩や弟弟子たちはその場にうずくまり、わあわあ、と泣き始めた。


「タツのアニキぃぃ……」


「竜ヶ峰……!」


 その日、墓場の夕闇に男泣きがいつまでも響き続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 裏稼業の人たちも今回の仕事はやり甲斐があったのでは。
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