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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
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歓喜と祝福

 遂に伏虎は張天山を倒し、悲願を果たした。

 しかし、その表情の喜びは抑え目で、憂いすら覚える。


「虎……! よくやった……! きっとタツも見ていたぞ‼︎」


 羽鳥親方は車椅子の上で涙を止めどなく流しながら、わんわんと泣き崩れる弟子たちを嬉しそうに見つめる。



 今やこの場の誰もがお祭り騒ぎを起こし、割れんばかりの歓声が伏虎を讃えていた。


「やったぜ‼︎ 伏虎ぉぉぉぉ‼︎ おめえならあの張天山をぶっ飛ばしてくれると思ったぜえー‼︎」


「竜ヶ峰もきっと見てるぜ伏虎ぉぉぉぉぉ‼︎」


 ふと観客の一部は振り向き、気づく。

 気を失い白目を剥いた張天山の廻しが外れ、更には無様にも小便を垂れ流していることに。


「……おい、みろよ」


「うわ……!」


 汚物を見つめるように観客たちは怒りの表情で張天山を更に罵倒する。


「汚ねえな! おい! 誰か早くどけねえか‼︎ その汚物を‼︎」


「ざまあねえなあ! 張天山‼︎ 今日からてめえは小便もらしだ!」


「天罰が降ったなあ! 八百長野郎‼︎」


 三角山の者たちは親方に至るまでそそくさとその場を後にしていた。

 係員たちは慌てて張天山の巨体を簡易の担架に乗せて運び出す。


 その様子を見ていた幕閣の一人は唖然とする野々村に近づくと扇子を開いて嘲笑った。


「はははははは‼︎ 何たる無様なことですかな‼︎ 野々村殿‼︎ 我々はかようなものを見物に来たつもりではなかったのだがのう⁉︎」


 三角山部屋の管轄者である帯崎藩主野々村は屈辱に震えながら俯き、顔を紅潮させる。

 幕閣や大名たちはそんなやり取りを面白そうに見つめひそひそと陰口を叩いていた。


 部坂は共に平伏しながら野々村に心から謝罪する。


「と、殿……! 面目ござらぬ……‼︎」


 耐えきれなくなった野々村は、すっと立ち上がるとその場をさっさと後にした。

 残された部坂は幕閣や大名たちの嘲笑に耐えながら震えて平伏する。

 老侍の頭の中は張天山への怒りで煮えたぎっていた。


(おのれぇ……‼︎ おのれ‼︎ あのクソガキィィィィ‼︎ 絶対に許さんぞぉぉぉぉ‼︎)



 湧き上がる歓声を他所に、伏虎は土俵を降り律子を探す。


「律子……‼︎ 律子はいるか⁈」


 此度の取り組みで竜ヶ峰はもちろん、おまさの仇も討ったつもりである。

 少しでもその傷ついた心を癒せただろうか、と伏虎は律子を懸命に探す。

 律子が居なければ、今日という日は来なかった。


 その時、背後からしがみつく重量が伏虎にのしかかる。


「あ、兄貴ィィィィィィ‼︎」


 泣きじゃくる兎丸が真っ先に伏虎に抱きついてきたからだ。

 涙や鼻水が伏虎の腕や肩にべとべととくっつく。


「おい! うっとうしいぞ! 兎丸‼︎ くっつくな!」


 気持ちは分かるが、伏虎としては余りにも鬱陶しかった。

 なんと言っても汚い。

 しかし、ますます兎丸はしがみついてくる。


「やっぱり兄貴は最高だぜぇぇぇぇ‼︎」


「うるせえよ!」


 鼻水が顔にかかった時、伏虎は張り手で兎丸を弾き飛ばした。

 そして、視界の端に律子を見つけ慌てて駆け寄る。


「律子!」


「虎……」


 律子は薄紅色の小袖で涙を拭いながら、潤んだ瞳で伏虎を見つめた。

 笑顔を見せながら、伏虎は律子の肩を持つ。


「見ててくれたか? 律子。こんなことで傷が癒えるわけじゃねえのは分かってるが…… あのクズは叩きのめしてやったぞ」


「……うん、ありがとう伏虎」


 涙をぽろぽろと流しながら律子は伏虎を見上げ続けた。


「俺の方こそ礼を言うぜ、律子。お前が居なければ今日という日はなかった」


「伏虎……」


 最後に軽く肩をさすると伏虎は手を上げ、背を向ける。


「また、後でな律子」


 仲間の元へと戻ろうとした伏虎は途中でふと足を止める。


 何故かはわからないが、「止めなくてはならない」予感がしたからだ。

 湧きかえる観衆の一角に頬を紅潮させ、伏虎を見上げる子どもをみとめる。

 大観衆の真ん中でたまたま伏虎に出会した弥太郎は喜びで顔を紅潮させ、漸く声を絞り出した。


「伏虎関……! 優勝おめでとう‼︎」


 練習場で何度か見覚えがある。

 恐らく場所前から熱心に応援してくれた子どもであろう。

 伏虎はその子に歩み寄り頭を軽く撫でる。


「ああ、ありがとう。お前みてえなガキにまで喜んでもらえたなら何よりだ」


 そして、その子どもの後ろで無関心そうにその様子を見守る無愛想な男を見た。

 伏虎は暫く男を見つめるとその男に深々と頭を下げる。

 理由は伏虎にも分からない。

 ……そうしなければならない気がしたからだ


 伏虎は己を探していた係員の者と合流すると、花道に上がり土俵へと急いで戻る。


「伏虎関、土俵上で観客のために声明をいただきたいのですが……」


「わかった」


 土俵の上に立った伏虎は観衆たちを見回す。

 興奮を抑えながら頬を紅潮させる面々に伏虎は重い口調で話を始めた。


「ここに来てくれた皆には感謝する‼︎ ……その上で俺からお前たちに言いたい事がある」

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― 新着の感想 ―
[一言] ついについにこの時が来ました。
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