震える張天山
三角山の支度部屋の扉を憤怒の形相で開いた部坂は、後に続く侍従と共に部屋に踏み入った。
「おい! 張天山‼︎ いつまで待たせおるか⁉︎ 我が殿の面目をよくも潰しおったな‼︎」
弟弟子たちは驚いて部坂たちを振り返り困惑の表情を浮かべる。
部屋は所々が散らばり慌てて三角山親方が張り付いた笑みを浮かべながら、部坂の前にやってきた。
「これは部坂さま! 大変お待たせしているようで……」
部坂はそんな三角山の態度にますます苛立ちながら、肩を掴んで辺りを見回す。
「おい! 挨拶などどうでもよいわ‼︎ やつは何をしておる⁉︎ 張天山はどこじゃ⁉︎」
青褪めながら三角山親方は、部屋の隅へと視線を移した。
「部坂さま…… それがその……」
「何じゃ⁉︎」
部坂の剣幕に青ざめた三角山は部屋の隅へと案内するように、重い足取りを運ばせる。
平板の上に置いてある布団の中に何かがいた。
部坂が目を見張るとそれは布団にくるまって震える何者かの姿であった。
三角山はため息を吐くと布団を引っ剥がし、怒鳴りつける。
「おい、張…… 部坂様がお越しであるぞ! いい加減にせんか‼︎」
果たして、そこに張天山はいた。
夜更けに帰ってきた張天山は訳の分からないことを親方に訴えた後、酒を煽って眠りについた。
女を攫い、羽鳥親方の殺害を計画したら謎の殺し屋たちに返り討ちに遭った詳細など話せるはずもなく、昨夜の敗北と恐怖に震えながら、張天山は縮こまっていたのであった。
恐怖を無理やり打ち消すかのように、張天山は顔を赤らめながら激昂する。
「うるっせええええええええええ‼︎ お前らに‼︎ ワシの気持ちがわかるかっ⁉︎ あれは! あれはバケモンなんじゃあ‼︎」
かっとなった部坂は拳を振り上げ、張天山の頬を殴りつけた。
「……張天山んんんんん‼︎」
ぱぐ、と軽い音と共に張天山は呆気に取られ部坂がそこにいることに気づく。
部坂は構わず張天山の胸ぐらを掴みながら怒りの表情で捲し立てた。
「何たるザマか⁉︎ これが‼︎ これが横綱の姿かぁぁぁぁ‼︎ おい! つべこべ言わず土俵に上がらんか‼︎ 貴様が待たせておるせいで我が殿が幕閣や大名方の御歴々の御前で辱めをうけたのだぞ! こうしておる間も殿はさぞ肩身の狭い思いをされておることであろう‼︎ 申し訳ないと思わんのかあ‼︎ このクソガキがぁぁぁぁ‼︎」
張天山はやがて怒りに打ち震えながら顔面を紅潮させる。
「……こ、このジジイ!」
慌てて親方と弟弟子が張天山の腕を掴み、侍従の者たちも刀の柄に手をかけながら部坂の前へと歩み出た。
三角山は張天山の肩を掴みながら必死に説得にかかった。
この何も見えていない無能な指導者は、昨夜から帰らぬ弟子たちも張天山の暴虐に耐えかねて足抜け(脱走)したものと考えている。
「張天山! やめろ! とにかくこれ以上幕閣の皆様を待たせるわけにはいかん! お前の首だけならまだしも、ご家老の進退も危ういのだ‼︎」
「お願いします! 横綱……!」
懇願する親方と平伏する弟弟子たち、そして睨み据えるような部坂たちを見つめながら張天山は己が決して逃げられないことを悟る。
どちらにせよ、逃げれば昨夜の殺し屋たちに命を奪われることは必定であった。
「……くっ! くそっ‼︎」
張天山は恐怖に震えながら天井を見上げた。




