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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
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蒼天の千秋楽

 チントン、チントン、と小鼓や拍子木がうち鳴り、江戸の街は熱気に包まれる。


 今日は江戸場所千秋楽。

 昼下がりに伏虎と張天山による全勝同士の優勝決定戦が行われることが決定している。

 行き交う観衆たちの話題はもちろん相撲の話題で持ちきりであった。


「……楽しみだな きっと面白い取り組みが見られるぜ」


「ああ、十中八九伏虎が勝つだろうな」



 羽鳥部屋の支度部屋はその日、朝から異様な雰囲気に包まれていた。

 去年の悲劇から残った五名の力士たちは皆顔を強張らせ、必死に感情を抑えているようだった。

 午前の部の前座、とも言える他部屋の取り組みがそろそろ終わろうとしている。


 ……本日、全てに決着が着く


 部屋の隅で念入りに関節を解していた伏虎に頭に包帯を巻いた兎丸は静かに語りかける。


「兄貴…… そろそろ時間です」


「そうか」


 振り返った伏虎の表情は穏やかなもので、それがかえって空恐ろしく、兎丸は息を呑む。

 先輩力士たちは感情を抑えながら伏虎の周りに集まり、祈るように彼を見つめた。


「……伏虎 頼むぞ……‼︎ すまん! いつもはこんな事言わねえし、俺たちが言えた義理でも無いんだが……」


 昨晩、昏睡状態の羽鳥親方が医院に運ばれたと聞いて弟子たちは全員で倒れた親方の元へと駆けつけた。

 別の場所では律子と兎丸も襲われかけ、気がつくと乃木屋に運ばれていたという。


 助けてくれた者が誰かは分からないが、明らかに張天山の手の者による仕業であった。

 昨年以来、戦意を失っていた兄弟子たちは怒りを目に宿し悔しさを堪えながら全てを伏虎に託そうとしていた。


「頼む‼︎ 張天山をぶっ飛ばしてくれ‼︎」


 伏虎は落ち着いた表情で兄弟子たちを見回し、そっと立ち上がる。


「ああ、もちろんだ。あんたたちに言われるまでもねえ。……と言いたいところだが」


 兄弟子の一人がこの日の為に持ってきた竜ヶ峰の羽織を見つめ、微かに眉を潜ませる。


「この一年、色々あったな。苦しいことの方が大半だったが、ここまで耐えてこられたのは、ここに居る皆が肩を寄せ合って共に戦ってきたからだ。本当に感謝している」


 伏虎の表情は波風の立たぬ湖面のように落ち着いている。

 しかし、その静かな口調の中に激しい感情が潜んでいた。


 全員が息を呑み、その伏虎の佇まいに部屋の希望であった竜ヶ峰の影を見る。


「……伏虎」


「兄貴ぃ……!」


 カラカラ、と車椅子の回る音と共に木戸が開かれると全員が振り返る。

 弟子の一人が取手を掴んだ車椅子の上には、息を浅く荒げた初老の男がじっと竜ヶ峰の羽織と伏虎を交互に見つめていた。

 伏虎はその老人にすっと近づくと、腰を落とし、目線を合わすと静かに語りかける。


「親方も見ててくれ……! 今日の取り組み、俺はアンタに一番見ていて欲しい」


 羽鳥は白石の緊急処置により、何とか一命を取り留めていた。

 羽鳥は細い声を絞り出すように伏虎を見上げる。


「……伏虎 この一年、よく頑張ったな。タツも見ているはずだ。お前の全てを出し尽くせ」


 伏虎は微笑を浮かべて、羽鳥に頷き返す。

 この一年、彼の感情を全て受け止め、成長を見守ってくれたのは羽鳥に他ならなかった。

 ……もはや敗北は許されない





 晴天に恵まれた沸き立つ会場の花道に伏虎陣営が現れると、ますます観客の歓声は沸騰していく。


「おお‼︎ 出てきたぞ! 伏虎陣営だ」


「……今日はどうしたんだ? 全員がなんだかおっかねえ顔してやがる……」


 ザッ、ザッ、と歩調を合わせて花道をゆく伏虎陣営は全員が戦う者の顔になっている。

 先頭をいく伏虎はもちろん、後方をついていく弟子たちや車椅子に乗った羽鳥親方も覚悟を胸に秘めた表情で土俵へと向かう。


 観客たちは騒めきながら、これが普通の取り組みではないことを理解する。

 息を呑みながら観客の一人は竜ヶ峰の羽織を持つ兄弟子を見つめ、相槌を打った。


「まあ無理もねえだろ」


「そうだな……」


 蒼天の見守る本日の大舞台は、嵐の起こる予感に包まれていた。




 観客席はザワザワとどよめいていた。

 伏虎はとうに姿を表したというのに、一向に横綱が姿を見せないのだ。

 観客席の一つでは、勢二郎が欠伸をしながら背伸びをする。


「おいおい、張天山の野郎、逃げたんじゃねえだろうな」


 お駒は壬午郎の横に座る弥太郎に聞こえないように、ヒソヒソと勢二郎に耳打ちする。


「兄さんが見張ってるからまさかそれはないよ」


 土俵で四股を踏む伏虎を見つめると弥太郎は、壬午郎を振り返る。


「おじさん……」


 時間はもう一杯である。

 壬午郎は鼻を鳴らしながら、包み紙を弥太郎に手渡す。


「弥太郎、握り飯でも食ってろ。張天山は馬鹿野郎だから、伏虎にびびってんのさ」





 騒めく会場の前方では、陣幕を掛けた良い席が設られ、お忍びという形で相撲好きの幕閣や大名たちが警護の兵と共に今や遅し、と土俵の様子を見守っていた。

 全員が多忙の合間を縫ってこの場に赴いてきたのだ。

 しかし、あろうことが肝心要の横綱が現れない為に取り組みが始まらない。

 ある者は雑談を始め、またある者はうつらうつらとし始める。


 物見遊山の大名たちならまだ良い。

 三角山を預かる帯崎藩の藩主、野々村は冷や汗を拭いながら用意された席で肩身の狭い思いをしていた。

 何しろ、これほどの幕閣たちや大名たちを待たせている横綱の失態は己の責任でもあるのだ。

 刺されるような空気の中、その背に声をかけてくる者があった。


「野々村どの。おたくの横綱は随分と支度がかかっておるようですな」


 振り返るとそれは幕閣の一人である上級の官位を持つ裃姿の男であった。

 野々村は畏まりながら、頭を下げる。


「……申し訳ござらぬ なにぶん彼奴はむら気のある男でして」


 眉根を寄せながらその幕閣は音を立てながら扇を広げ、バタバタと仰ぐ。


「ふん、大したタマよのう、張天山とやらは。本日は大老さまもご臨席されておるのだ。わかっていて待たせておるのかのう」


 野々村はチラリ、と振り返り奥の席で退屈している様子の大老をみる。

 針の筵にいる気分であった。

 野々村はますます頭を下げながら幕閣に謝り倒す。


「本当に申し訳ござらぬ…… 幕閣の皆様方。これも私の不徳の致すところで御座ります」


 冷や汗が滴り落ち、野々村は肩を震わせる。

 鼻息を荒げながら、幕閣は野々村の顔を見下ろすように忌々しげに言い放った。


「まったく、江戸と田舎ではかように時の感覚の違うものかの? のう、野々村どの」


 屈辱に震えながら、野々村は横で共に平伏する家老である部坂を睨みつけた。


「……すぐに様子をみて参ります」


 冷や汗を拭いながら部坂は、急いでその席を飛び出し三角山の支度部屋へと向かった。



 三角山部屋は家老である部坂の管轄である。

 部坂は顔を真っ赤にしながら唇を噛み締め、廊下を走る。


 ……これほどの屈辱はない

 何より主君に申し訳なかった。

 あの張天山の太々しい態度を思い出す。

 何もかもが腹立たしかった。


「おのれ……‼︎ あの馬鹿ガキめ‼︎ 何をしておるか⁈ どこまで待たせおる⁉︎ ワシだけならともかく我が殿にあのような辱めを受けさせおって‼︎ もうただではすまさんぞ……‼︎」


 鬼気迫る表情で廊下を走り、支度部屋へとたどり着く。

 息を荒げながら部坂は勢いよく三角山部屋の扉を開いた。


「おい! 貴様ら‼︎ 何をしておる‼︎ 幕閣の皆様は御立腹であるぞ‼︎」

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[一言] さて、部屋では何が。
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