友に託す
夜更けのとある呑み屋で二人の初老の男たちが差し向かいで顔を赤らめ、酒を酌み交わしていた。
つるりと剃り上げた頭を撫でつつ、男の一人は白髪混じりの男に赤ら顔で鼻を鳴らす。
「おめえんとこの伏虎にゃやられたぜ。うちの大龍は初日の負け以来へこんじまってるよ」
そう言われた男は笑いながら、猪口を乾かす。
「……ああ あいつはこの一年間誰よりも頑張ってきた。おめえんとこにゃ悪いが伏虎の優勝は間違いねえぜ」
互いに酌を交わしながら男たちはますます、あから顔を赤くする。
「ははっ! 抜かしやがるな! おめえも俺も現役の頃は十両止まりだった。大した力士じゃなかったのに弟子にゃあ恵まれたなあ。お互いに」
羽鳥は現役時代の同期の好敵手であり、喧嘩友達である亀川親方に声をかけて酒を呑んでいた。
亀川は伏虎の初戦の相手であった大龍の親方である。
いつになく緩んだ様子で羽鳥はつまみの魚を頬張りながら嬉しそうに自分の弟子を語る。
「……それにしても本当、手がかかるぜ ウチの弟子たちは。特に虎には今までで一番頭を悩ませられたぜ……!」
「そうか、結構なことじゃねえか。お前、良い弟子を持ったんだな。安心したぜ。おめえさん、近頃具合が良くないって聞いたからよ」
羽鳥は手を止め、暫し俯いたと思うと声の調子を変えて新たな話を切り出した。
……必ずこの男には首を縦に振ってもらわないといけない
「話ってのはそれさ。なあ亀よ。俺はもう長くねえ。医者のお墨付きだ。俺の命が尽きる前に最後の仕事をやらなくちゃならねえ」
ピタリ、と酌をする手を止め亀川は目を見張る。
赤ら顔で誤魔化しているようだが、やはり羽鳥は思っていた以上に重い病に冒されているようだ。
驚きと哀しみの混じった顔で亀川は羽鳥を見つめる。
「……なんだと おい羽鳥、いきなり何を抜かしやがる?」
「本当の話さ。俺は肺をやられてる。触ってわかるくらい大きなしこりがありやがるのさ。もうひと月も持たねえだろう」
羽鳥は現代でいう肺癌に蝕まれていた。
数ヶ月前に医者から余命宣告も受けている。
亀川は落ち着くためにグビリと猪口を空にした。
「……なんだ? だから最後に俺と呑みたかったってわけか?」
羽鳥は現役時代は忌々しくて仕方なかった宿敵の、今はツルツルになってしまった頭を見つめながら、声を上げて笑う。
やはり、この男しかいない。
「ははっ! 最後に呑むならどっかの綺麗な姉ちゃんに酌を頼むさ。おめえに頼みがあるんだよ。同じ土俵でどつきあった仲であるおめえにしか頼めねえことだ。なあ、亀川。俺が死んだ後、俺の部屋の力士の面倒はお前が頼まれちゃくれねえか? 頼む! この通りだ‼︎」
そう言って羽鳥は亀川に向けて直角に頭を垂れた。
亀川は暫く、黙りこくった後に低い声で呟くように言った。
「羽鳥…… 顔を上げろ」
羽鳥が顔を上げると、いつにない真剣な表情で亀川がじっとこちらを見つめていた。
「約束しろ。お前の弟子の優勝を必ず見届けろ。その約束を守るならお前さんとこの力士はまとめて俺が面倒を見てやる」
もちろん、伏虎の優勝を見届けるまではくたばるつもりはない。
羽鳥は亀川の肩に手をやり、一つ己の荷を下ろしたような気がした。
「……ありがとう亀川 それでこそお前だ」
ふん、と鼻を鳴らしながら亀川は不機嫌そうに言い放った。
「ここの払いもお前持ちだからな」




