羽鳥の気概
今日も伏虎の華麗な技が決まり、対戦相手が宙に舞うと行司は勝ち名乗りをあげる。
「伏虎〜〜〜〜‼︎」
観衆は手を叩いて、歓声の嵐で無表情のまま土俵を去っていく伏虎を絶賛した。
場所前は賛否両論分かれていた伏虎への評価であったが、連日の伏虎の取り組みの面白さに観衆はすっかり魅力されていた。
「強え! なんなんだ⁈ 強さに加えてあの迫力は?」
「伏虎は荒れてて怖かったが、落ち着いたよな。でも前とは違う方向性の殺気というか威圧を感じるぜ……」
「技の数が増えたな。毎日決まり手が違うのもあいつの強さの秘密だ」
うんうん、と頷きながら観衆たちは楽しそうに今場所の展望を述べていく。
「こりゃあ優勝は伏虎で決まりだろうなあ」
「たしかに張天山とは相撲の内容が違い過ぎるな。今やれば伏虎がほぼほぼ勝つだろう」
「千秋楽が楽しみだぜ。あいつには兄貴分の仇をとってもらいてえもんだ」
もちろん意見は様々であるが、大方の意見は伏虎にあの大嫌いな張天山をぶっ飛ばしてもらいたいというものであった。
その日の夕方、柄の悪い力士たちが羽鳥部屋の借屋敷前の玄関で、野太い声を張り上げていた。
「おい、つべこべ言わず伏虎に会わせろっつってんだよ! 三下がよ!」
兎丸をはじめとする数名の羽鳥部屋の力士たちは、その無遠慮な申し出に青筋を立てながら、腕を組んで立ちはだかる。
「はあ⁈ 何をしに来やがった⁈ 三角山のクズ共が! お前らなんぞを兄貴に会わせてたまるか!」
三角山部屋の力士たちはますます声を張り上げて凄む。
伏虎は奥の部屋で仮眠を取っていた。
こんな汚い奴らに伏虎を会わせるわけにいかない、と羽鳥部屋の力士たちもますます怒りの表情を強めていく。
「なんだと⁈ この野郎‼︎ しめるぞ⁈ 雑魚が!」
「ふざけんな! 汚ねえ張天山の腰巾着が‼︎ お前らが兄貴の兄貴に何をしたか知ってんだぞ⁉︎ いいか? あんな汚ねえ横綱なんぞ兄貴がぶっ飛ばしてくれるんだからな! せいぜい吠え面かきやがれ‼︎」
「このっ! クソガキが……‼︎」
「おい、何の騒ぎだ」
一触即発の空気を切り裂いたのは、老人の穏やかな声であった。
羽鳥親方が、不穏な気配を察して表に出てきたのだ。
兎丸は憎々しげに目の前の力士たちを睨みながら拳を握りしめた。
「親方……! 三角山部屋の奴らが…… 兄貴に会わせろとか言ってるんです!」
羽鳥は穏やかな顔で三角山部屋の力士たちをじっと見つめた。
張り飛ばせば一瞬で終わるこの老人が発する圧力に、力士たちは一言も発せず思わず立ちすくむ。
「あんたら、うちの伏虎に何の用だ? 話があるなら私が聞こう。まさか誰にも聞かせられない話なんてことはないだろうな?」
「……うるせえよ! ジジイ‼︎ いいから伏虎を出せ‼︎」
「この……! ウチの親方に向かって……!」
憤る兎丸や他の弟子たちを手で宥め、羽鳥親方はピシャリと遮る様に手を振った。
「よおく分かった。アンタら帰ってくんな。伏虎をアンタらなんぞに会わせるわけにはいかねえ」
わなわな、と怒りに震えながら三角山部屋の力士たちは拳を握りしめた。
このまま手ぶらで帰れば横綱にどんな目に遭わされるかわからない。
「……このっ! 言わせておけば!」
「ジジイめ‼︎」
しかし、羽鳥は凄む力士たちに一向に怯む様子を見せず、むしろずいと顔を力士たちに近づけた。
「殴りたいなら殴りな。どうせ残り少ない命だ。捨てるもんなんざねえ。だが必ず三角山部屋を審議会と奉行所に訴えさせてもらう。タダでは済ませねえ」
羽鳥の思わぬ態度にしばらく怒りと呆気に取られていた力士たちはやがて諦めたのか踵を返し始めた。
「……くっ! 野郎‼︎」
「ダメだ、話にならねえ。おい、帰るぞ!」
「チッ! 天下の三角山部屋を袖にした事、いつか後悔させてやるぜ!」
去りゆく三角山の面々の背中を見つめながら、兎丸たちは羽鳥の方を振り返る。
隠してはいるが、羽鳥の体調が良くないことは薄々この部屋の弟子なら大方誰もが察していた。
「……親方」
気を張っていたのか羽鳥は、息を吐きながら薄笑みを浮かべる。
「大丈夫だ…… 伏虎を守る為なら俺は何だってするぜ…… あんな汚ねえ奴らを伏虎に近づけてたまるかよ! おい、アイツには今日のことは黙ってろよ、お前ら」
「……分かったよ、親方」
奥の廊下ですっと消えた大きな影は、足音を殺して呟く。
「……チッ あのクソ親方め…… かっこつけやがって」




