江戸場所八日目
江戸場所の取り組みは目まぐるしく進み、八日目を迎える。
今場所、伏虎は圧倒的な強さを見せ華麗な技で観衆を魅了していた。
張天山と共に無敗の全勝で首位に並んでいるが、人気の差は明らかであった。
瓦版も伏虎を中心に記事を組む。
『伏虎強し 華麗な技で連勝を飾る』
『新星伏虎! 兄貴分の仇打ちなるか?』
『横綱、今日も対戦相手の顔を殴る 素行の悪すぎる王者に観衆もうんざりか』
『竜ヶ峰の再来なるか? 伏虎王座獲得へ』
たしかに全勝を続けているが、張天山の取り組みは今場所特にひどく、素人目にも八百長すら疑われる気合の入ってない相撲が多かった。
「ひがしぃーー! 田中村部屋ーー! 前頭二枚目ーー! 山本山ーー!」
「にしぃぃぃーー! 千鳥部屋ーー! 前頭一枚目ーー! 猫又儀ぃぃぃーー!」
勢二郎は掛け札を買った猫又儀の取り組みを食い入るように見る。
やがて行司の掛け声と共にひりつく様な空気を裂いて力士たちがぶつかり合う。
「フゥゥン‼︎」
力士たちはがぷり四つに組み合うがやがて小柄な猫又儀はジリジリと押され、苦し紛れに足を伸ばし技をかけようとする。
しかし、簡単にその足を引っ掛けられ返し技を喰らうと、たちまちのうちにひっくり返されてしまった。
土埃に塗れ、猫又儀は素早く立ち上がり片手で猫の手の形を作るとお決まりの台詞をかました。
「ニャアアアア‼︎」
観衆は猫又儀のその仕草にどっと湧く。
負けても沸かせる色物力士の特権である。
勢二郎は頭を抱えながら膝を叩く。
猫又儀、これで八連敗である。
「ニャア、じゃねえ‼︎ おぉぉい‼︎ どうなってんだ! 猫又儀‼︎ 全然勝てねえじゃねえか‼︎」
横の席で見ていた白石は呆れたように勢二郎の肩を叩いた。
「……いや、勝たねえっつっただろ? いわんこっちゃねえ」
「……っせーな 見とけ、次の取り組みは当ててやる」
神がかり的に勢二郎には博才がない。
今日もどれだけする気だ、と白石は熱くなり掛け札を握る勢二郎を見てため息を吐く。
そうこうしていると、小袖を着たお駒がどこからか、てくてくと現れた。
「兄さん、そろそろ見張り変わってよ」
「おう、おつかれお駒。どうだ? あいつらの様子は」
忍びの兄妹は交代で三角山部屋を見張っていた。
名誉欲に貪欲な横綱がそろそろ何か仕掛けてくると踏んでいたからだ。
お駒は眉を顰めながら首を振る。
「そろそろ会話の内容がきな臭くなってきたね。あーあ、馬鹿ねえ。何もしなければ今場所中は無事で居られるのに」
「そうか、まあそんなもんだろ。竜ヶ峰を汚ねえ手で潰したような奴らだ。手段を厭わないのさ」
ふう、とため息を吐くとお駒は勢二郎の横の席に腰を下ろす。
「じゃあ、頼んどくね兄さん。……勢さんは賭博やめたほうがいいよ」
機嫌悪そうに勢二郎は外れ札を破り捨て、その場に頬杖をついた。
「……うるせえ、ほっとけ」
本番前の軽い練習を終えた張天山に、多賀崎が恐る恐る話しかける。
「横綱、お疲れさまです」
ふん、と鼻を鳴らしながら渡された手拭いで汗を拭き、横綱は多賀崎をジロリと睨む。
「くだらん挨拶なんぞいい。なんぞないのか? ヤツに毒でも盛る手段は」
「流石に無理ですね…… ウチのモンは奴らに警戒されてます」
舌打ちしながら張天山は手拭いを床に叩きつける。
「クソが‼︎ おい! どういうことじゃ‼︎ あの野郎! 竜ヶ峰より強なっとるじゃろう⁉︎ 聞いとる話と全然違うじゃねえか‼︎」
伏虎の取り組みは一瞬で終わる。
その強さは素人目には分かりにくいが、洗練された技の数々は同じ土俵に上がる者にとって脅威でしかなかった。
張天山は伏虎の圧倒的強さに焦りを覚え始めていた。
多賀崎は冷や汗を流しながら答える。
「……はっ 何故か分かりませんが、場所前の稽古場よりはるかに動きがよくなってると、かつての練習相手も驚いてるそうで……」
「クソが‼︎」
不意に張天山は付き人の一人を張り飛ばした。
これは意味のない八つ当たりでしかない。
三角山の力士たちは横綱の暴虐に耐えるしかないのだ。
やがて紅潮した顔から冷静さを取り戻した張天山は、多賀崎に告げる。
「……二十両じゃ」
「はっ?」
「八百長に二十両出す! 伏虎にそう伝えろ‼︎」
「そんな金…… またあの金を使いますか?」
躊躇いを覚えた後、多賀崎は恐る恐る横綱を見上げる。
張天山の八百長の資金は三角山部屋への藩からの支援金を横領したものであった。
張天山はますます機嫌を損ねながら、口角を曲げる。
「ああ、当然じゃ! ありゃあワシの金も同然じゃからな‼︎ 星を買って何が悪い⁉︎」
もちろん、横綱とて去年から続く羽鳥部屋との因縁を忘れた訳ではないのだろうが……
多賀崎は仕方なしに、恐る恐るといった体で返答した。
「分かりました。因縁はありますが何とか話をつけてみせましょう」




