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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
38/97

復讐に燃える虎

 騒めく江戸の街並みを二人の男女が当て所なくてくてくと歩いていた。

 紺色の羽織を着た男の横を歩く少女はため息をつきながら、彼がその手に持つ札を見つめる。


「勢さん…… もう、またそんなことにお金つかっちゃって……」


 眉を顰めながら男は買ったばかりのその札を掴み少女を睨むように舌打ちする。


「うるせえなあ、俺が稼いだ金だ。どう使おうとお前に非難される謂れはねえ」


 呆れながら薄紅の小袖の少女は勢二郎の肩を軽く拳で叩いた。


「……まったく 今回は何に使ったのよ」


「見ろ、これだ」


「え? 何?」


 差し出された木札を怪訝に見つめるお駒に勢二郎は得意そうに説明する。


「相撲の掛け札だ。数日後の江戸場所で誰が優勝するか当てんだよ」


 賭け事が好きな勢二郎は金が入るとすぐに予算を使い切ってしまう。

 もうすぐ始まる江戸場所は絶好の賭場だろう。

 内心の呆れを隠せないままお駒は尋ねる。


「で、勢さんは誰に賭けたの?」


猫又義地団駄ねこまたぎじだんだだ! こいつがくれば五百文が五両になるぜ‼︎」


 猫目の小柄な力士が両手を丸めてフシャア!、と勝ち名乗りを上げる姿を思い浮かべながらお駒はますます呆れ顔を深めた。

 猫又義ねこまたぎは大穴といわれている色物の力士だ。


「こないよ! こないから倍率が高いんでしょ⁈ なんで勢さんは賭け事になるとそんなに馬鹿になるの⁉︎」


「……チッ ……うっせーな」


 そうして取り止めもないやり取りをしながら歩いていると、勢二郎の肩にもたれかかる者がいた。


「なんだぁ? 勢さん、またクズ札買ったのか? ……こねぇよ、こいつは」


 そう言いながら切長の目を顰めるのはお駒の兄、白石であった。

 勢二郎は眉を顰め肩に置かれた白石の腕を払い除けながら、舌打ちする。


「白石ぃ……! 兄妹揃ってうっせえなあ……! よーーし! わかった! お前ら、猫がきても一文たりとも奢ってやんねーからな!」


 不機嫌そうに凄む勢二郎に面倒そうに兄妹は哀れなものを見る視線を向ける。


「はいはい」


「……浪費癖やめよーぜ 勢さん」


「余計なお世話だ」


 そんな三人に男の子の元気な挨拶がかかる。


「勢さん! 白石さん! お駒さん!」


 壬午郎に連れられた少年、弥太郎がはきはきとした物言いで三人に挨拶したのだ。


「おお、弥太郎じゃねえか。壬さんもどこへ行くんだ?」


「弥太郎が力士を見たいというんだ」


 無愛想に応える壬午郎にお駒はにこやかに微笑む。


「ああ、じゃあ近くに稽古場あるからみんなでいこっか」


「ありがとう、お駒さん!」


 そうして五人は江戸場所に出場する力士たちの合同稽古場に向かうが、いつもと違う雰囲気に騒めいているようだった。


「なんだぁ? 何かもめてやがるぞ」


 人混みをかき分け、とりわけ巨体の力士が憮然とした表情で稽古場を後にする姿が見えた。

 その後ろを関係者と見られる複数の男女が心配そうな表情で追い縋っているようだ。


「虎! 待たねえか! おい! たまにはワシの話も聞け‼︎」


「虎! なんでアンタはそんなにバカなの⁈ そんなに無茶したら身体壊すでしょ⁉︎ ねえったら!」


「アニキぃ……!」


 唖然としているうちに大きな力士は明後日の方へ行ってしまったようで、関係者たちはため息をつきながら稽古場へと戻っていくようであった。


 怪訝そうに白石は傍にいた観客に問いかける。


「どうした? ありゃ伏虎関じゃねえか? あんたなんか知ってるか?」


「……ああ 伏虎関がなあ、普通の稽古が物足りないと言って重りを手足につけたまま、まとめて五人を相手どろうとして羽鳥親方に止められたんだ。全く、無茶しやがるぜ。去年はあんなバカじゃなかったのになあ」


 ここ数ヶ月で実力を伸ばし、番付表を駆け上っている伏虎という力士は今場所の優勝候補の一角である。

 だが、周囲の目を気にしないその姿勢には批判の声も少なくない。


 白石は頷きながら観客の男に同意する。


「そうか…… まああんなことがあったんじゃしょうがねえよ」


 弥太郎が残念そうに伏虎の去っていった方を見つめているようだった。


「伏虎関……」


「残念だったな、弥太郎。他の力士をみようか」


 弥太郎は見たかった伏虎がいなくなり気落ちしているようだ。

 壬午郎は弥太郎の肩に手を置いて励ましたようであった。





「俺は…… 俺はやるぜ兄貴……! この手で奴を仕留めてやるんだ……」


 伏虎は人波をかき分けながら不機嫌を隠さず街並みを進む。

 振り返る人々を気にする事はない。


 竜ヶ峰が自害してから一年、伏虎は張天山への復讐の炎を絶やしたことはない。

 いや、むしろ刃物を持って奴の寝所に乗り込もうとしたことさえある。


 その時は伏虎の不穏な動きを事前に察知していたらしい律子に必死になって止められた。

 それ以来彼女とはまともに喋ってはいない。


 ……しかし、今伏虎は怒りの炎を胸の内に燃えたぎらせる。

 あれから死に物狂いで手にした強さはもうすぐ張天山に届きそうなのだ。


 伏虎は江戸の街を歩きながら冷ややかに微笑む。

 血に塗れ土俵に倒れ伏す憎き相手を夢想しながら……


 伏虎は土俵の上で張天山の生命を奪うつもりであった。

 全てはその日のためにーーー


「待ってろよ、張天山…… 今、地獄に送ってやるぜ……!」


 ますます冷ややかに笑う伏虎を振り返る民衆の目は恐怖に凍りついていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 伏虎にも酷い目に遭ってほしくはないですが。
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