変わってしまった虎
堂々たる風格で、しかし在りし日の兄貴分とは違う刺すような雰囲気を纏い伏虎はのしのし、と街を歩く。
今場所注目の伏虎の巨体にすれ違う町衆は誰もが振り返るが、その目には恐れと期待の入り混じった感情が窺える。
「待ってくださいよお、アニキー」
力士としては小柄な付き人の男が慌てた様子で伏虎に追いつく。
伏虎は足を止めて振り返るとめんどくさそうにしっ、と手を払った。
「わざわざ着いてくることはねえぞ、兎丸 むしろ一人の方がいい」
「そんなぁ…… つれないですよ兄貴ぃ」
兎丸と呼ばれた力士は伏虎の唯一の付き人であり、三ヶ月ほど前に羽鳥部屋に入門したばかりの駆け出しである。
……竜ヶ峰の事件について詳しくは知らないわけである。
そんな二人におずおずと声をかける者がいた。
「あの」
「伏虎関! 頑張ってください……」
伏虎が振り返ると十代前後の少年二人が緊張した面持ちで見上げてくる。
伏虎は無表情のまま腰を下ろして目線を落とすと子どもたちを見つめた。
「ああ…… ありがたいが俺の応援なんてしない方がいいぞ。何しろ俺は角界の鼻つまみ者だ。他の力士の手形もらいな」
言い聞かせるような口調で話し終えると戸惑ったような子どもたちを振り返ることなく、伏虎は再び早足で歩き始める。
「あ、兄貴ぃ 待ってくださいよお」
その後を慌てて兎丸が追い始めた。
江戸場所用に借りた羽鳥部屋の屋敷に戻ると、待機していた同門の力士たちが二人を迎える。
「お帰りなさい伏虎関」
「虎ぁ、帰ったか」
「ああどうも」
伏虎は挨拶もそこそこに自分の部屋に戻ろうとするが、兄貴分の一人が眉根を寄せながら余計な一言をかける。
「相変わらず追い込んでるらしいな。やり過ぎてお前の事が怖え、と他の部屋からウチに苦情があったぜ。まあいいけどよ」
憮然としながら伏虎は先輩の言葉を無視して通り過ぎようとした。
一年前、竜ヶ峰が亡くなって以来この羽鳥部屋からはどこか活気が消えてしまった節がある。
あの事件の直後、多くの力士がこの部屋を去り、又は引退した。
元々は田舎の弱小部屋だったのだ、無理もない。
むしろまだこの部屋が残っていることが奇跡だ。
しかし、伏虎は同門の意識の低さに苛立ちすら覚えた。
自分の内心は復讐の炎でこんなに激っているというのに。
同門たちは竜ヶ峰の件を悔しく思ってはいてもそんな伏虎の激しい怒りについてはいけない。
つまりは現在の羽鳥部屋は伏虎一人が浮いている状態なのである。
そんな伏虎の背中に先輩の一人が更に声をかけた。
「おいおい、待てよ。律子ちゃんが食材を持ってきてくれたぞ」
「……」
一年前、竜ヶ峰の恋人として心中したおまさの妹であり、乃木屋の看板娘である律子がここに来ていると言うのだ。
正直言えば、伏虎は彼女と顔を合わせたくない。
……あの悲劇の日以来、彼女との間には色々とあったのだ。
街でもうしばらく時間をつぶそうと、伏虎が踵を返そうとすると背後から女の声が掛かる。
「虎、久しぶりね。私を避けようとしてる? なんとか言いなさいよ」
内心でため息を吐きながら伏虎は渋々と振り返る。
「しけた面見せんなよ、律子」
市松模様の着物に身を包んだ律子は口紅をさして、一年前より大人びているが、伏虎の言葉に明らかに怒りを覚えているようであった。
「何ですって⁈ 待ちなさいよ……! ねえっ‼︎」
しかし、伏虎は律子から逃げるように早足でその場を後にした。




