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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
36/97

伏虎

「はっけよい! のこった!」


 江戸場所が数日後に迫った力士たちが集まる公開練習場。

 壬午郎は弥太郎たっての願いで彼を見物に連れてきていた。

 弥太郎は練習試合を繰り返す力士たちを見ながら無邪気に壬午郎に笑いかける。


「壬午郎のおっちゃん! やっぱり力士は迫力あって大きいね」


「……うむ まあまあ、だな」


 表情が読めない壬午郎を気にするでもなく弥太郎は子どもらしく知っている知識を得意そうに話し始める。

 そしてそろそろ、とばかりに緊張している様子であった。


「おっちゃん! みててよ! そろそろでてくるよ、あいつが。きっとあいつが張天山をやっつけて竜ヶ峰の仇をとってくれるんだ……」


 しばらくすると陣奥から筋骨隆々とした力士が現れ、練習場の雰囲気が一変する。

 その力士を見るなり観客の騒めきさえ静かになり密やかに噂を始める。


「おい、出てきたぜ伏虎ふっこだ……!」


「北関東の雄、伏虎か…… 一年前はぼうっとしたにいちゃんだったのによ、見違えるようだぜ。竜ヶ峰の仇を取りに来たんだろうな」


「しっ! 聞こえるぜ。あいつ竜ヶ峰の話をするとますます機嫌が悪くなるんだよ…….」


「まああんなことがあっちゃあしょうがないがな……」


 六.二尺(約188センチメートル)の筋骨隆々とした身体を砂の道にずしりと沈めながら重心の乗った歩き方で噂の力士は土俵へと上がった。

 ーーー彼の名は伏虎ふっこ

 虎丸は名を改めて伏虎ふっこと名乗り今日のこの日まで心を殺し己を鍛え上げてきた。

 かつて虎丸にあった豊かな表情と笑顔はこの一年ですっかりと消えてしまった。

 全ては張天山への復讐のためである。


 練習相手と向かい合い、伏虎は四股を踏む。


「はっけよーーい! のこった!」


 行司の掛け声と共にぶつかると伏虎はあっという間に相手を投げ飛ばした。

 それから物足りないとばかりに五番ほど取り組みを繰り返すがいずれも一瞬でカタが付き、伏虎は焦れるように控えている力士たちを手招きする。


「おぉい! 物足りねえぞ! 練習になりゃあしねえ! こうなりゃまとめてかかってこい!」


 煽られた力士たちは憤り三人揃って土俵へと上がり伏虎へと向き合う。


「おい、伏虎調子に乗るなよ?」


「まとめてこい、と言ったのはお前だ。文句はあるまいな?」


 伏虎は無表情で三人を見つめ四股を踏む。


「……さあ、こいよ」


 キレた三人は一斉に伏虎の胸元へとぶつかっていった。


「なめるなよ! 伏虎!」


「吹っ飛べ!」


「調子に乗るな!」


 しかし、三人が一斉にぶつかろうとも伏虎の身体はびくともせず、一人一人が回しを掴まれ投げ飛ばされていく。


「「「うあああああああ‼︎」」」


 激しく投げ飛ばされ目を回した相手を気遣うことなく伏虎はさらに煽るように控えている力士たちに手招きした。


「おおい! 今度は五人くらいまとめてかかってこおい! 歯応えなさすぎんだよ!」


 しかし、その時、間髪入れずに嗄れた声が部屋に響き渡った。


「伏虎! もういい! 調子に乗るな! 怪我するぞ!」


 それは一年前に比べますます白髪の増えた羽鳥親方であった。

 老体の親方は土俵の伏虎をじっと睨めつける。


「江戸場所は数日後に始まる。こんなところで全力を出してどうするんだ? 大事な身体だろう? ……今日はもう休め」


 伏虎はしばらく無表情で親方の顔を見つめていたが、やがて土俵から降り付き人から手ぬぐいを受け取り背中で返事する。


「その気遣い、昨年の兄貴に分けてやりたかったぜ」


 その言葉に何も言い返せず羽鳥は項垂れる。


「ま、待ってください兄貴!」


 伏虎の唯一の付き人は慌ててその背中を追っていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 伏虎には竜ヶ峰みたいにならないよう気を付けないと。
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