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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
32/97

張天山は嗤う

 江戸場所の決着はこうして竜ヶ峰の惨敗に終わった。

 盛り上がったはずの江戸場所だったがこの最終戦のあまりの悲惨さに誰もが釈然としない表情で千秋楽の場を後にする。

「この千秋楽で素行の悪い張天山が破られる」ことを望んでいた民衆の鬱憤は期待の分だけ、明らかに体調不良で場に臨んだ竜ヶ峰へと向けられたのだった……



『希望の星墜つ 竜ヶ峰慢心のため張天山に敗れる』


『竜ヶ峰期待に応えられず 惨敗の原因は江戸で遊び過ぎたためか』


『横綱の天下続く 傷跡深い竜ヶ峰は次世代の横綱ではない』


 翌日の瓦版では江戸場所の結果が虚偽入り混じり、好き勝手に書き立てられた。

 この江戸場所での竜ヶ峰への民衆の期待が大きかったぶん、昨日の無様な取り組みに対する失望は大きく理不尽にも竜ヶ峰と羽鳥部屋へとその鬱憤は向けられ散々な書き立てられようであった。


 とある診療所の一室で虎丸は涙を拭いながら寝床に横たわる竜ヶ峰を見つめる。


「タツ兄ぃ……!」


 医者の見解によると竜ヶ峰は腰椎骨折、左膝の膝蓋骨骨折と靭帯損傷、そして右肘の骨折その他諸々の骨折で全治二ヶ月。

 ……土俵にはもう上がれない、という診断であった


 虎丸は尊敬する兄貴分の無惨な姿を見つめながら、やりきれない憤りに身体を震わせながら泣き続ける。


「ちくしょう…… 俺は悔しいよタツ兄ぃ……!」


 そんな虎丸に弱々しいが聞き慣れた声が聞こえ、虎丸は顔を向ける。


「……虎」


「タツ兄‼︎ 気がついたのか⁉︎ タツ兄! 今先生とみんなを呼ぶからな! タツ兄‼︎」


 目を覚ました竜ヶ峰はあれほどひどい目にあったというのに静かな瞳で虎丸を見つめ、そして首を振り天井を見つめた。


「虎…… 迷惑かけちまったな…… 親方とみんなにも申し訳ない」


「タツ兄…….」


 こんな状況に陥りながらも訥々と仲間のことを気遣い続ける竜ヶ峰に虎丸は更に涙する。

 そして弱々しく差し出しされた竜ヶ峰の手を虎丸は握り返した。


「後のことは頼んだぞ虎…… 俺は故郷に帰る…… 今のお前は弱い。だがお前ならきっと強い力士になれるさ」


 虎丸は偉大なる兄弟子に懇願する様にさらに強くその手を握りしめる。


「タツ兄……! そんな弱気なことを言わないでくれ…… 俺たちにはまだまだあんたが必要だ! ……必要なんだよ」





 ◇





 江戸場所の決着から一夜明けた三角山部屋では朝から張天山の優勝祝いの酒盛りを始めていた。

 不敵な笑みを浮かべる張天山を中心に力士たちは朝からへべれけになり飲み続けていた。


「さあ! どんどん呑め! 呑め‼︎ 今日の酒は家老さまからの奢りだ‼︎」


「流石横綱‼︎ 強い勝ちっぷりでした!」


「いやあ、今日もうまい酒が呑めるのは横綱のおかげです‼︎」 


 そして力士の一人が昨日の竜ヶ峰のことを歪な笑みで楽しそうに肴にし始める。


「あれじゃあ竜ヶ峰の奴もう土俵に上がれませんぜ! これで横綱の天下も安泰ですね‼︎」


 すかさず張天山はその力士の横面を張り倒した。


「ぶげぇぇぇぇぇ‼︎」


 鼻血を流し倒れ込む弟弟子に張天山は酔と怒りで真っ赤になりながら更に蹴りをくれる。


「……おい それじゃあ何か? アイツが万全なら俺の天下が揺るがされるっちゅうことか? 舐めた口を聞いてくれたもんだな、オイ⁈」


「ひ、ひぃぃぃぃぃ‼︎ お許しを! 失言です! 許してください横綱‼︎」


 暴行に飽きたのか張天山はその力士に唾を吐きかけるとあっちを向き、怯える弟弟子の一人の肩を掴み置いてある猪口を飲み干す。


「……ふん‼︎ まあええわ! おい! 俺にもっと酒持ってこい! 夜は色街に繰り出すぞぉ‼︎」


 しかめ面でその様子を眺めていた親方である三角山は呆れたように張天山に諭し始める。


「おい、張天山よ。お前の先日の取り組み、決して褒められた内容ではなかったぞ。部坂さまはもちろん幕閣の一部からも下品であったとの声が上がっておる。体裁通りの褒賞はくれたがな、やはりお前の素行は目をつけられておる。気をつけいよ」


 この三角山は横綱と家老である部坂の恩恵に預かっているだけの無能である。

 現に張天山の理不尽な暴行を目の当たりにしても黙認している。

 張天山も一応形ばかりのお小言であるのは分かっていた。

 面倒そうに親方に一瞥をくれるといつも通りの繰り言を続ける。


「はいはい、わかったわかった。だがのう、俺あっての三角山部屋だということを親方も忘れんなや。結局俺の恩恵に一番与っとるのはアンタじゃろう?」


 気分を害したというように眉を顰めた三角山親方はムッとした表情で席を外すとその場を後にする。


「……ふん まあ羽目を外し過ぎんようにな」


 その背が遠ざかると吐き捨てるように張天山は唾を飛ばした。


「まったく無能な爺さんがよお」


 そんな張天山に弟弟子の一人である多賀崎たがさきが機嫌を取るかのように揉み手で擦り寄ってきた。

 尾行により竜ヶ峰とおまさの仲を看過し、あの夜襲撃することを立案した今回の優勝の立役者でもある。


「しっかしうまくいきましたね。見事な優勝でしたが羽鳥部屋の奴らウチらを訴えませんかね?」


 すると張天山は瓦版の一部を拾い上げ、得意そうに多賀崎たがさきの鼻先に突き出した。


「この瓦版を見ろ。俺が知り合いのブンヤに金を渡して世論を形成したんじゃ。慢心した竜ヶ峰がこの俺に返り討ちにあったとな。あの夜女に手を出さなかったのも良かった。何の証拠も残っとらんわ」


 多賀崎たがさきは感心したように手を叩き褒め称える。


「流石横綱! 私なんぞには思いつかん深謀遠慮ですな」


 張天山はクク、と不敵に笑うと多賀崎たがさきの肩を叩いた。


多賀崎たがさきぃ、お前の情報のおかげで竜ヶ峰を嵌められたんじゃ。今日は色街で一番いい女を奢っちゃる!」


「ありがとうございます! 流石横綱! 太っ腹だ!」



 こうして江戸場所は張天山の薄汚い策略による王座死守という誰にとっても不幸な結果で幕を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 竜ヶ峰駄目でしたか。 色街帰りで酒が入っているところとか狙えないかな。
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