二
この辺りのドブ街の風体の良くない連中が送ってくる視線を気にすることなく関本一家は帰り道を急ぐ。
「番頭や丁稚たちの怪我の程はどうなんだ?」
「医者によると全員どこかの骨が折れてしまったそうよ…… 三助は目も覚まさないわ」
おふみのもたらすその悪い情報に典和は歯軋りして怒りを噛み殺す。
奴らの差し金に十中八九間違いない。
「ヤクザものの服装はどんなだった?」
「黒かった…… 丸に轟の文字が背中に見えたわ」
足を早めながら典和は膝を叩いて悔しがる。
轟々組と言えば稲富商会と因縁の深い付き合いであることは周知の事実である。
「くそっ! 奴らは認めねえだろうが稲富の飼い犬、轟々組に間違いねえ……!野郎‼︎ そこまでするなら私にも考えがあるぞ……! 稲富!」
その時、おふみはこちらと目が合った侍風の男の顔に思い当たり思わず声を発する。
「あっ……」
男はこちらが気づいたことに気づくと背を向け、足早に立ち去ろうとしたのでおふみは慌てて追い縋った。
「待ってください、お侍さん! 先ほどはありがとうございました! まさか、私を心配してここで待ってくださっていたので?」
近づいてみるとやはり先ほどおふみを館まで送ってくれたぶっきらぼうな侍で間違いなかった。
しかし男は顔を顰めながらしっしっと手を振る。
「ふん、そんなんじゃねえよ。じゃあな」
「お待ちになって!」
男はおふみの言葉に振り返ることなくその場を足早に立ち去った。
典和は不思議そうにおふみに問いかける。
「おふみ、あれは誰だい?」
「先ほどこの街は危ないからって私をあの屋敷まで案内してくれた方よ。ああ見えて結構親切なのよ」
「そうか…… 礼が出来なくて残念だ。おい、ぼっとするな菅四郎。急ぐぞ」
「へい……!」
おふみを送った貧乏侍が夕飯の段取りを考えながら歩いていると聞き知った声が耳に入り思わず舌打ちする。
「勢さん珍しいじゃない。人に優しくするなんて。可愛い子だったね。惚れちゃった?」
勢二郎が振り返るとそこには予想通り、薄黄色の町人風の服を着た顔立ちの整った娘が悪戯そうな笑顔でもって木の上から見下ろしていた。
「覗き見してんじゃねえよ、お駒。趣味の悪い。そんなんじゃねえよ。あんなガキに懸想するかよ」
お駒は木から飛び降り勢二郎の肩をコツコツと叩く。
勢二郎は迷惑そうに顔を顰めるがお駒はそんな彼の様子に一向に構わない。
「ごめんね、これが忍びの者の性だから。そうね、あの子勢さんの妹さんにどこか似てるわよね」
勢二郎はお駒のその言葉に憤然として背を向けその場を立ち去る。
「似てねえよ。勝手に俺を詮索すんじゃねえ」
「あっ待ってよ勢さん。怒らないでよ」
お駒はいつものように揶揄った勢二郎を追いかけていった。