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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
29/97

千秋楽前夜

 本日も盛況な江戸場所は土俵に観衆と行司の声が木霊する。

 遂には残すところ後二戦となった14日目の結びの一番。

 竜ヶ峰は相変わらず今日一番の歓声を浴びて相手と向き合っていた。


「……見合って! 見合って! ……はっきよい……!」


 ここ江戸に来て竜ヶ峰は初めて観衆からの大きな期待を背負う重みと楽しみを知った。

 そして何よりここまで自分を育ててくれた親方と共に切磋琢磨した仲間たちのためにも負けられない。

 竜ヶ峰は相手を睨め据え万全の状態で向き合う。


「のこった‼︎」


 掛け声と共にぶつかり合い、がぷり四つの状態となり、観衆からわっと声援が上がる。

 ググと力を込め竜ヶ峰は廻しを掴む手の位置を一瞬で入れ替え、腰を入れ投げを放った。

 完全に呼吸を盗んだ形だ。

 相手は転がりながら土俵の端へと転がっていった。

 勝ち名乗りを受け、これで同じく無敗の張天山と並び今場所無敗の十四連勝。

 優勝の行方は遂に明日の千秋楽の横綱張天山戦へと持ち越された。

 観客の熱気はいや増すばかりである。


「さっすが竜ヶ峰だぜ! 一瞬でカタがついたぜ!」


「こりゃあ明日の千秋楽も竜ヶ峰で決まりだな。おーい! 大関! 汚ねえ横綱なんかやっつけて世代交代みせてくれよな!」


 そんな観衆の様子を見て三角山部屋の連中は支度部屋で面白くなさそうに話し合う。


「チッ……! うるせえ外野ですね横綱」


「全くだ。何もわかっちゃいねえど素人がよ!」


 しかし当の張天山は余裕の表情で奥の座敷に腰掛け弟弟子たちに肩をほぐさせていた。


「クク……! まあ落ち着けやお前ら。俺が今場所優勝すりゃあ歓声は戻ってくる。必ずな」


 その不敵な笑みは凶事の予感しか思い起こさせず、一部の弟弟子たちは張天山に恐怖した。



 帰り支度を終え、その道の途中で羽鳥部屋と三角山部屋の下位力士たちが鉢合わせする。

 羽鳥部屋の力士は馬鹿にしたように三角山を煽った。


「……今日は何も言ってこねえんだな

 もう諦めたか? 三角山の奴らよお」


 三角山部屋も負けじと顔を寄せ威嚇する。


「誰だあ、てめえ? 舐めた口聞いてんじゃねえぞ?」


「何の話だ? さっさといねや羽鳥部屋の三下が」


 部屋同士の力士の間では張天山が竜ヶ峰に八百長を持ちかけているという噂はチラホラと聞き伝わっていたが、とぼけながら三角山の力士は鼻を鳴らす。


「ふん。明日の千秋楽が楽しみだよ」


「ああ、俺たちもだよ」


 険悪な雰囲気のまま、両部屋の力士たちは道を分かった。





 羽鳥部屋の力士たちが江戸で借りている屋敷に戻り、虎丸は兄弟子たちに今日あった三角山部屋とのやり取りを得意そうに伝える。


「三角山の奴らの陰気なことよ。兄さん方にも見せてやりたかったぜ。ありゃあうちの大関に震え上がっちまってんだな」


 同郷である竜ヶ峰に憧れて羽鳥部屋に入門した虎丸はまるで自分のことのように竜ヶ峰の活躍を鼻にかける節がある。

 兄弟子の一人は呆れたように虎丸を嗜めた。


「虎丸よお。兄貴の自慢話もいいがお前も少しは頑張らねえとな」


 頭をかきながら虎丸は苦笑いを浮かべた。


「……はは 面目ねえ」


 特に力のある力士の集う江戸場所での虎丸の戦績はここまで四勝十敗。

 完全に力負けした形である。


 やがて親方や給仕の者がちゃんこ鍋を持って現れる。

 そろそろ夕飯の時間だ。

 仮眠をとっていた竜ヶ峰も弟弟子たちに起こされ、食事場にやってくると全員が着座する。


 親方である羽鳥はとりはずらりと並んだ力士たちを笑顔で見回す。


「さあたんと食えよ、お前ら。明日は千秋楽だ。毎日のしごきによく頑張ってくれたなあ。

 ……全く感無量だ」


「親方……」


 親方の目に光るものを認めた力士たちは感極まって泣き出す者までいた。

 元々は北関東の貧乏所帯であった羽鳥部屋であったが、この親方がコツコツと才能のある力士たちを見出し根気よく育てることにより遂にはこの江戸場所の優勝に手が届くところまでやってきたのだ。

 いや、そればかりではない。

 今場所優勝すれば横綱まで輩出することになりそうなのだ。

 すっかり白くなった自分の頭を少し撫でながら羽鳥は竜ヶ峰を見上げるように口を開く。


「タツよお…… 俺は村の相撲大会でお前を見たときからてめえの才能にぞっこんだったんだぜ……

 俺の目に間違いはなかったってことだ。いや、ここまできたのはお前の毎日の精進の成果だな。俺はちょっとした手助けをしたに過ぎねえ……」


 竜ヶ峰はこの愛情深い親方に深々と頭を下げながら感謝の言葉を述べる。


「まだまだ涙はとっといてくださいよ、親方。明日には必ず優勝旗をこの部屋に掲げてみせます」


 ますます嬉しくなった羽鳥は頷きながら満面の笑みで竜ヶ峰と弟子たちを見渡した。


「嬉しいねえ…… 頼んだぜタツ。

 へへ……すまねえなお前ら。歳を取ると涙もろくていけねえ。さあさあ、しっかりと食ってくれ」


 そうして盛り上がった今場所の総括で雑談をしていた羽鳥部屋にはもはや明日の竜ヶ峰の優勝と綱取りを疑う者は居なかった。


 そう、この時点までは……



 四ツ過ぎ(午後十時ころ)、すっかり灯りも薄くなった羽鳥部屋の借宿に慌てて駆け込んでくる者がいた。


「す、すみません! 私は乃木屋の律子と申します! お休みのところ本当に申し訳ありません! ですが、姉のことで大関にお話があって参ったのです! どうか大関に会わせていただけませんか⁉︎」


 見ると若い女性が色を失った様子で髪を乱して応対した弟子の一人に縋ってくる。

 困惑する弟子たちの間からその女性の顔を見知っていた虎丸が駆け出してくる。


「律子さん? いったいどうしたんだ?」


 その女性は乃木屋の律子りつこであった。

 訝りながらも力士たちは律子を落ち着かせ話に耳を傾けようとする。


「そんなに慌ててどうしたんだ、お嬢ちゃん。ちょっと落ち着きなよ」


「大関は連日の取り組みで疲れててね。明日も大事な一戦がある。寝入ったところなんだよ。とりあえず落ち着いて俺たちに事情を話してみなさい」


 手渡された竹筒の水を口に含み、少し落ち着いた律子は息を切らせながら一枚の紙を懐から取り出した。


「……わ、わかりました

 まずはこれを」


 手渡された紙に書いてある文面を読み進めると力士たちは驚愕で顔色を失っていく。


「……えっ」


「おいなんだこれは…… まさか」



『乃木屋のおまさは預かった

 無事に帰して欲しくば竜ヶ峰一人で指定の場所と時間に来ること

 分かっているだろうがお上に届ければおまさの身柄の保証はない

 まずは今夜亥の刻(午後11時)乃木屋で待て

 追って次の場所と刻を伝える』


 乃木屋の看板娘であるおまさが誘拐されたというのだ。

 何とも卑劣な犯罪である。

 力士たちは困惑しながら顔を突き合わせる。

 乃木屋のおまさに竜ヶ峰がぞっこんらしいというのは部屋内では公然の秘密である。

 当然のように一部の者は思い当たる。

 …….これは


「乃木屋のお嬢ちゃんが誘拐されたってことか⁉︎」


「大変じゃねえか! おい、俺たちなんかより奉行所に届けるべきじゃねえのか?」


「バカ! 声が大きいよ! なあ、律子さんよ、お姉さんが攫われたってのは確かなのかい?」


 律子は首を縦に振りながら項垂れ、そして力士の一人の肩を掴み懇願する。


「昼ごろから姉の姿がみえないんです……

 ふらっと家を出て行く人でもないんで心配してたら先ほどこんな手紙がうちに投げ込まれていて……

 ねえ、大関にあわせてよ! 手紙に書いてるでしょ? 奉行所なんかに届けたらお姉ちゃんがどんな目にあうかわからないわ!」


「……うーむ 困ったなあ」


 羽鳥部屋の力士たちはすっかり困惑してしまう。

 おまさが何者かに(いや、恐らくは三角山の者であろうが)攫われたのは事実であるが、竜ヶ峰を一人で行かせれば何が起こるかわからない。

 力士たちは途方に暮れながら迫る律子を嗜める。


「ちょ、ちょっと待ってくれ…… こりゃあきっと張天山の差し金に違いねえ……

 多分ヤツはおまささんを盾にタツ兄に八百長を迫る算段なんだ!」


「なにぃ……! ますます兄貴をいかせるわけにいかないじゃねえか」


「……そんな」


 律子はその言葉に泣きながら顔を覆って項垂れる。

 虎丸はそんな様子を見ておられず、律子の肩を優しく叩いた。


「律子さん、俺から兄貴に頼んでみるよ…… 兄貴なら角の立たないよう張天山と話をつけられるはずだ」


 その時奥の部屋から大きな影と共にのそりと巨漢が現れた。


「大変なことになったのだな……」


「タツ……!」


「お、大関……!」


 竜ヶ峰が眉根を寄せながら着物を着込み、そこに立っていた。


「聞いてらしたので」


 頷きながら竜ヶ峰は驚いた様子の律子に手を差し伸べる。


「ついさっき起きたのでな。律子さん。手紙を貸してくれないか」


「……はい」


 律子は脅迫の手紙を竜ヶ峰に手渡す。

 無表情で文面を読み終えた竜ヶ峰は決心したように弟弟子たちを見渡し、そして律子の肩を優しく叩いた。


「他ならぬおまささんのためだ。何としても無事で救いだしてみせるから安心してくれ」


「……ありがとう、大関」


 涙で濡れる目を拭い律子は竜ヶ峰に深々と頭を下げた。

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[一言] 竜ヶ峰。純朴過ぎますよ。
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