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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
28/97

笑う張天山

 民の熱狂に押されるように江戸場所の取り組みは滞りなく進んでいく。

 連日の熱戦に観客は惜しみない拍手と喝采を送り江戸の熱い日々はますます熱を帯びた。

 年に一度のこの江戸場所に集まったのは各地でも選りすぐりの力士たちばかりであったが、今大会は二人の力士の力が突出していた。


 三角山部屋みすみやまべや所属横綱張天山ちょうてんざん

 羽鳥部屋はとりべや所属大関竜ヶ峰たつがみね


 大方の予想通りこの二人が快調に勝ち星を伸ばし、十三戦終わって互いに無敗の首位の座に居た。


 瓦版が熱狂的に両者の取り組みを伝え千秋楽の直接対決に向け煽り立てる。

 観ている方としては面白いが、この場合一番しんどいのはやはり追われる方の立場であった。


 三角山部屋みすみやまべやでは取り組みが終わった今日もきちんとした身なりの武士らしき老人が巨漢の張天山を前に眉を顰める。


「おい、張天山。大丈夫なのだろうな? 優勝できるのか? 今場所の取り組みは江戸の民の注目を集めておる。千秋楽には我が殿も幕閣のさる方々もお忍びで観戦されることが内密に決まっておるのだ。もしお前が竜ヶ峰たつがみねに負けるようなことがあれば我が殿も私も恥をかくことになる。

 ……分かっておろうな?」


 帯崎藩おびさきはんお抱えの三角山部屋みすみやまべやはこの家老である部坂へさかの管轄であり、江戸場所での優勝に並みならぬこだわりを持っていた。

 いつもならば問題ないのだが今大会は竜ヶ峰が強い。

 もし田舎の小さな部屋の力士に横綱が負ければ三角山部屋に出資している帯崎藩の体面にも関わる。


 そんな部坂に辟易しながら張天山は頬をつき応える。


「わかっとるわ……!」


 その態度に思わずかっとなった部坂は憤怒に震える手で懐の扇子を掴み立ち上がる。


「何だぁ‼︎ その口のききかたは⁉︎」


 わなわなと怒りで口元を震わせる老侍に部屋の親方である三角山は冷や汗を流しながら作り笑顔で肩を抑え宥めにかかる。


「まあまあ、落ち着いてくだされ。部坂へさかさま。本当に申し訳ござらぬ。張のヤツは知っての通り礼儀を知らぬ奴でございやして。どうか寛大な心でお許しを」


 ふん、と鼻を鳴らし部坂は冷たい目でへこへこする三角山を見遣る。

 部坂としてはこいつは小心な男で碌に横綱の指導も出来ない全くの無能という評価を貼っている。

 このような男に指導されたなら増長する力士も居るだろう、と諦めの表情で張天山を見遣り部坂はその場を後にする。


「……ふん、まあよかろう

 よいな、絶対に勝つのじゃぞ! 絶対じゃ!」


 部坂が行ったのを見ると三角山はふう、と息を吐き憮然として寝転がる張天山を見遣った。


「やれやれ…… 勝負は時の運ということが分かっておられぬ御方だ。おい、張よ。もう少し口の聞き方があるだろう?」


 手元の酒を啜りながら目も合わせずに張天山は腹を掻く。


「はいはい、わかった、わかった。俺に任せときゃ何とかなるんじゃ。俺がここ一番で負けたことがあったか?」


「…… はあ 傲岸不遜もええ加減にせえよ。まあ、とにかく頼んだぞ」


 呆れたように親方は項垂れながら部屋を後にする。


「フン、うるせえジジイどもじゃ」


 親方が行った後に張天山は居住まいを正し、横で練習していた弟弟子たちに尋ねた。


「おい、竜ヶたつがみねから星を買う交渉はどうなっとるんじゃ? もう十五両にまで引き上げたじゃろう」


 横綱の今場所の三割の勝利は金で買ったものである。

 それは実力に問題があるからでは決してなく、八百長によって体力を温存するための盤石の策であったのだがそれでももちろん到底褒められたものではない。


 そうして竜ヶ峰が一敗でもしてくれれば面倒な交渉などしなくても良いのだが、こうして無敗同士で直接対決となれば張天山としても必ず優勝できる、とは言い難かった。

 ……竜ヶ峰は強い

 張天山は改めてそう感じていた。


 尋ねられた弟弟子は俯きながら答える。


「それがその、横綱……」


 別の弟弟子がおずおずと続ける。


竜ヶ峰たつがみねの野郎、俺らの顔を見るなり門前払いする有様で……」


 そして懐から恐る恐ると言った様子で一枚の手紙を取り出した。


「代わりにこんな手紙だけ寄越しました。横綱に、と」


 張天山は眉根を寄せながらも漸く竜ヶ峰も話をする気になったかと安堵しながら手紙を開く。


「なんじゃあ、やはり値段の話かのお。存外あやつも……」


 しかし、その文面を読み進めるうちに張天山の顔色はますます曇っていく。

 弟弟子の中にはそそくさと場を逃げ出す者までいた。


『拝啓、張天山関

 貴方様のますますのご健勝をお祈り申し上げます。


(中略)


 しかしながら敬愛する横綱からこのようなお話を持ちかけられたことは残念です。

 かくなる上はお互い神の見守る土俵で正々堂々と闘い決着を着けましょう。

 相撲の神様はあるがままの姿を望んでおられるはずです。


 竜ヶ峰』



 真っ赤になった張天山は思わず怒り叫ぶ。


「くそっ‼︎ しゃらくせえ‼︎ あのガキめ‼︎」


 震え上がる弟弟子が平伏する中、張天山は顔を真っ赤にして手紙を破り捨てた。

 清廉潔白らしい竜ヶ峰たつがみねはとうとう八百長に応じる気がないようだ。


 張天山は弟弟子の一人を張り飛ばすとどっかと寝転び一口酒を啜った。


 張天山は八百長を使うがその実態は決して弱いわけではない。

 張天山にとっての八百長とは先述の通り、ただ楽して星を稼ぐための手段でしかない。

 実力では圧倒しているので応じない相手には土俵の上で制裁を加えるのみである。

 そうして張天山は長年横綱として君臨してきた。

 ところが今回ばかりはそうはいかない。

 八百長にこれだけの値をつけたのも初めてである。

 それは竜ヶ峰たつがみねが張天山の実力を超えているかも知れないからだ。


 差し迫るこの負けられない一番で最も怖い相手が八百長に応じない。

 張天山は苛立ちながら顔を紅潮させ酒を呑み続けた。


 そんな張天山に弟弟子の一人が不敵な笑みを浮かべながら近づいてきた。


「……横綱、あっし先日見たんですが」


「なんだぁ⁈」


 不機嫌そうに顔をあげる横綱に弟弟子は怯まず続ける。

 何しろとっておきの情報なのだ。


竜ヶ峰たつがみねの野郎が女を連れて歩いているところをです。多分あの野郎の気性によるとその女一人に大層な熱をあげているようで。横綱、これはつけいる隙になりませんかねえ?」


 張天山はガバッと跳ね起き徳利を脇へと押しやる。

 もはや呑んでる場合ではない。


 口角を上げ眼光を怪しくギラつかせながら張天山は嬉しそうに叫んだ。


「よくやった! 多賀崎たがさき! 竜ヶ峰よお! こうなったらお前が悪いんだぜぇ‼︎」


 そうして張天山の不敵な笑い声が部屋に打ち響いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 凄まじく曲がった根性ですね。
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