乃木屋の姉妹
あんみつを頬張る竜ヶ峰におまさは微笑む。
「ふふ…… 大関は本当に美味しそうにウチのものを食べてくれますね」
竜ヶ峰は照れたように頬をかきながらあんみつとおまさをチラチラと見遣った。
「……そりゃあ、おまささんの作ってくれたものだから」
「まあ……」
そんな二人の横でぼうっとしながら茶を啜る虎丸の袖をおまさの妹律子がつついた。
「ちょっと虎丸さん、こちらに来なさいよ」
「な、なんだよ律子」
訝しげに間抜けな表情を浮かべる虎丸に律子は腕を組んで呆れる。
「あんた本当に気が利かないわねえ。あの竜ヶ峰関がなんでわざわざここに通ってきてるかわかってるの?」
「ん? 知らねえよ。大関はこの店のあんみつが気に入ったんだろう」
思わず律子は持っている盆で虎丸の頭を叩いた。
「馬鹿!」
「痛えな! おい何すんだよ! 律子!」
「あんたが十九にもなって人の色恋に疎すぎるからでしょ! あのねえ、江戸は広いんだからあんみつだってどこに行ったって食べられるでしょうが。竜ヶ峰関はねえ、お姉ちゃんに会いに来てるのよ」
「……えっ そうなのか」
あまりにも間抜けな顔で驚く虎丸に律子は苦笑を浮かべる。
「本当に分かってなかったのねえ…… それでも付き人なの?」
「う、うるせえやい!」
まるで子どものようだ、と律子は呆れたようにかぶりをふる。
虎丸はこうして江戸に来るまで相撲以外の世界を知らなかったので仕方がないのだが……
そうして律子は姉であるおまさに不意に呼びかける。
「分かったら二人の時間を作ってあげましょうね。
お姉ちゃん」
「どうしたの、律子」
「隣のおかみさんがさあ、最近身籠ってるでしょう? 安産祈願の御守りが欲しいらしいんだけど中々神社に行く暇もないんですって。小さい頃よく遊んでもらったわよねえ。今から行って買ってあげてくれない?」
「……急な話ねえ」
おまさは困ったように頬に手をやり店を見回す。
幸いに現在居る客は二、三組ほどでさほど忙しくはない。
律子は隣の竜ヶ峰に頼み込むように言った。
「それと女の一人歩きは危ないから竜ヶ峰関もついて行ってやってください」
おまさは慌てるように竜ヶ峰を見遣る。
「ちょっと! 律子! 大関は忙しい方なのよ? それに失礼でしょう!」
しかし、竜ヶ峰は頷きながら立ち上がった。
「いえ、私は構いませんよ。是非一緒に行きましょう、おまささん」
どちらかというと乗り気な様子の竜ヶ峰に申し訳なく思いながらおまさは給仕用の頭巾をとって出掛ける準備を始める。
「……お忙しいのに申し訳ないです、大関
もう! 律子!」
そうして二人はいそいそとお店を後にした。
虎丸は半ば感心しながら律子の手際を見つめていた。
「へえ、てえしたもんだなあ……」
そのあまりにも間抜けな横顔に呆れながら律子は虎丸の袖を引いて言った。
「呑気こいてないで少し手伝ってよね、虎丸」
「な、なんで俺が……」
「大関の顔を立てると思ってさ、手伝ってよ」
「しょうがねえなあ……」
虎丸は嫌々ながらに顔を顰め残りのあんみつを平らげると厨房で皿洗いを始めた。
颯爽と街を歩く巨漢とその後ろを歩く美人という組み合わせは街の人々の耳目を集める。
「おお、竜ヶ峰が別嬪さんと歩いてるぞ……!」
「初々しいねえ、お似合いの二人だよ」
橋を越えるとそろそろ目的の神社が見えてきた。
竜ヶ峰は苦笑しながら後ろのおまさを振り返る。
「中々この街は騒がしいですね、おまささん」
おまさは江戸に慣れない様子の大関を好ましく思いながら頬を薄く染め問うてみる。
「私なんぞはこの江戸で生まれ育ったもんで慣れっこですが…… 大関は生まれはどこで?」
「私は信濃国の更科という小さな村で生まれ育ちました。親方に相撲の才能を見出されて関東に連れて来られたのが十三の頃ですね。当時は右も左も分からない鼻ったれの小僧でした」
神社の木が生い茂った境内を歩きながら二人は並んで歩く。
「まあ…… でも今ではこうして皆の耳目を集める推しも押されぬ力士になったじゃありませんか」
「いや、私なんぞはまだまだで」
照れたように頬をかく大関の袖をそっと掴みながらおまさは微笑んだ。
そろそろ神社の赤い鳥居が見えてきた。
「きっとあなたなら横綱になれます。皆さんそう仰ってますよ。頑張ってください。私も江戸場所の取組を見に行きますからね」
竜ヶ峰はおまさの熱い視線に力強く頷いた。
「おまささんに応援していただけるなら光栄です……」
そんな初々しい二人の背後をつける怪しい影が不気味に微笑む。
「へえ…… 仲の良いこったな…… へへ、大関の泣き所見つけてやったぜ……!」




