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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
横綱仕置
26/97

張天山の悪評

 江戸場所の日程が淡々と進んでいく中で大方の予想通り竜ヶ峰たつがみね張天山ちょうてんざんは共に無敗の快進撃を続けていた。

 瓦版(当時の新聞)の記事にも熱がこもる。


竜ヶ峰たつがみね連日快勝! 待ってろ横綱!』


『悪たれ張天山ちょうてんざん、今日も敗者を蹴り飛ばす』


『観客が願うのは世代交代! 新たなる横綱にかかる期待!』


 そのどれもが品行方正な竜ヶ峰を讃えるものであり、何かと悪い噂の絶えない張天山を糾弾するものであった。


 そんな瓦版かわらばん三角山部屋みすみやまべやでは不機嫌そうに力士たちが読んだ端から破り捨てていく。


「チッ! けったくそ悪いや! 取り組みが終わったら今夜も呑みにいきますか? 横綱」


「全く、こいつらときたら横綱の強さと恐ろしさをわかっちゃいねえんだよなあ」


 柱に鉄砲を打つ(張り手の別名)横綱はそんな彼らを振り向いて冷たい一瞥をくれる。


「そんなもの買うな。しょうもない大衆紙なんぞ取るに足らんわ」


 冷たい一言に居住まいを正した弟弟子たちは練習を終えた横綱の身体を拭き始める。

 そして弟弟子たちの一人に張天山は尋ねた。


「そんな事より竜ヶ峰の星を買う算段は出来たんか?」


 尋ねられたその弟弟子は応えにくそうに俯く。


「……いえ、それがまだ

 段々と値をつりあげて十両を提示したんですが交渉場所にも現れず……

 野郎、なかなか頑固でして」


 横綱のこめかみに青筋が浮かんだのを見て取ると弟弟子は慌てて付け足した。


「数日中には必ず……」


「数日中だぁ⁉︎ ふざけてんのか⁉︎ てめぇ‼︎」


 張り手が弟弟子の鼻面を穿つ。


「ひ! うぎぃぃぃぃぃ‼︎」


 弟弟子は鼻がひん曲がり赤い血を垂らしながら泣き叫んだ。

 残りの面々もビクビクしながら張天山から目を逸らす。

 張天山は面々を睨みつけながら真っ赤な顔で怒鳴りつけた。


「もういい! 十両もの値を提示してなびかなかったんだろ⁈ だったら今度は竜ヶ峰の野郎の身辺を洗え! 何でもいい! 弱点を探るんだよ!」


「へ、へいわかりやした横綱……!」


 平伏して応える弟弟子たちに手ぬぐいを投げつけながら張天山は床に散らばる瓦版の一部を思い切り踏みつけた。

 竜ヶ峰の取り組みをここ数日見て分かったことがある。

 ……奴は自分に匹敵する

 焦りが張天山をさらに荒ぶらせているのだ。


「冗談じゃねえ! 世代交代だぁ⁉︎ 俺の底力をみせてやるよ……!」




 颯爽と肩で風を切りながら縞模様の着物を着て江戸の街を歩く巨漢がいた。

 今現在、江戸の街の耳目を集める大関竜ヶ峰たつがみねである。

 江戸の民衆は大関とすれ違う度に期待の歓声を送る。


「お、竜ヶ峰関だぜ! やっぱり江戸の街を歩く姿も様にならぁ!」


「威風が漂ってやがるぜ……」


「悪たれ退治頼んだぜ! 竜ヶ峰ぇ!」


「次代の横綱ー‼︎」


 後ろをついて歩く付き人虎丸とらまるはそんな兄貴分を誇らしく思いながら江戸の街を振り返る。


「江戸の町民は活気があっていいですねタツ兄」


「うむ、しかし私たちの田舎と違って人も多く戸惑うことも多いな」


 彼らの所属する羽鳥部屋はとりべやは北関東の田舎で細々と興行を続けていたが、竜ヶ峰たつがみねのあまりの強さと評判にこの江戸場所へと招待されることになった。

 この場所は大きく、全国から強い力士が集まり幕閣や大名もお忍びで観戦に来ているという。


 竜ヶ峰たつがみねとしては部屋の皆のためにも負けられない。

 田舎から出てきて落ち着かない様子の大関に虎丸は笑顔で励ます。


「堂々としてりゃいいんですよ、みんなあんたのことを讃えてくれてます」


「少々気恥ずかしいな…… それとあの罵声は横綱に悪いだろう」


 横綱の名を出されて虎丸の顔が曇る。

 張天山はその強さに反して人気がない。

 何しろ素行の悪さに加えて黒い噂も絶えないのだ。

 それに噂は本当であることを江戸に来て虎丸もその目にしたところである。


「いいんですよ、あんな野郎は。ここだけの話、付き人を使ってタツ兄にも八百長を持ちかけてきたんでしょう? なんて野郎だ! あんな奴が横綱だなんて! やはり横綱に相応しいのは兄貴です! ますます千秋楽が楽しみだぜ!」


 横綱を嘲り笑う虎丸を嗜めるように竜ヶ峰たつがみねは言い聞かせる。


「こら、虎丸。確かにそういう話を持ちかけられたのは事実であるし、私も残念だ。だがだからと言って彼のこれまでの功績を否定するのは違うと私も思うのだよ。それに横綱はどこか怪我をしていて必死になっているのかもしれない」


 あんな腐った男にまでここまで気を使うとは兄弟子は人が良すぎる……

 虎丸はそんな兄弟子を誇らしく思いながら苦笑いを浮かべ案内を続ける。


「まったく、タツ兄は人が良すぎるぜ…… さあ着きましたぜ大関」


「ああ、着いたな」


 着いた、着いたと二人が見上げる看板には墨で「乃木屋」と屋号が書かれている。

 江戸で評判の茶屋であった。

 暖簾をくぐると焦げ茶の市松模様の着物を着た美人が二人を出迎えた。


「いらっしゃいませ! あらお待ちしていましたよ、竜ヶ峰関」


 看板娘おまさは花のような笑顔で二人を空いている席まで案内した。

 微かに頬を染めながら竜ヶ峰たつがみねはおまさの顔を見つめ注文した。


「おまささん…… 私とこいつにあんみつと茶をお願いします」

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― 新着の感想 ―
[一言] こっ、これはおまささんが。
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