竜ヶ峰と張天山
火事と喧嘩は江戸の華、という。
江戸時代、特に血の気の多い江戸の民たちを熱狂させた現代に通ずる日本を代表する文化がある。
人呼んで大相撲ーーー
現代に通ずる国技である。
青空の元、民衆の喝采と拍子木が打ち鳴る中を廻しをしめた巨漢が土俵へと続く花道を睨め据えるように歩みを進める。
太々しい面構えの黒い廻しをしめたこの力士の名は張天山。
現在の角界を牛耳る王者である。
土俵の上に二人の力士が出揃い、行司がいよいよ名乗りを上げる。
「東ぃぃ〜〜〜! 横綱! 張天山‼︎ 」
名乗りを受け四股を踏む巨漢は毛むくじゃらの胸毛をてからせながらじっと相手を睨めすえた。
素行が悪いことで有名なこの横綱はそれでも罵倒混じりの声援をその背に受ける。
「よこづなーーー‼︎」
「張天山‼︎ やっちまえーーー‼︎」
「調子はどうだーー⁉︎ 張天山!」
「今日は加減してやれよー? 張天山!」
「禁じ手はやめとこうぜーー⁈」
続いて名乗りを受けるは三十路を超えた引退間際の力士である。
「西ぃぃ〜〜〜! 関脇! 那賀丸!」
やや萎縮しながらも目を合わさずに那賀丸は相手との呼吸を測る。
「那賀丸ーー! 最後に金星とってけーー‼︎」
「有終の美を飾れ! 那賀丸ーー!」
「横綱に壊されんなよーー! 気をつけろ那賀丸ーー‼︎」
白く引かれた開始線に伏せながら両力士は睨み合い息を吐く。
とりわけ横綱である張天山は苛立っているようであった。
(ふん、この年寄りめ。大人しくこの俺に星を売っとけば良いものを……)
事前に申し込んだ八百長をすげなく断られたからである。
力量差からして鎧袖一触の相手ではあるが面倒に思いながら張天山は胸の内でため息を吐く。
「両者、見合って! 見合ってーー‼︎」
行司がいよいよ対戦開始の号令をかけようとする。
本来ならば両者ともに火花が散るところだろうが那賀丸は目を合わせようとしない。
しょうもない意地だ、と張天山は思い鼻を鳴らす。
(引退寸前のポンコツがどんなに気負おうと結果は同じじゃ!)
「はっけよーい‼︎ …………のこった‼︎」
ついに対戦が始まり、那賀丸は勢いよく右手に回りながら張天山の懐目掛けて飛び込んできた。
得意の位置を取るつもりであろうが、しかし張天山にはその動きは読めていた。
「ふん、小賢しいわ」
「うっ……!」
肩を掴まれ簡単にその動きは止められる。
現役最強の横綱と引退寸前の年寄りではやはり膂力が違いすぎるのだ。
そして張天山は那賀丸の鼻面へと張り手を食らわす。
「うらぁっ‼︎」
「……ぐぅっ‼︎」
赤い鮮血が土俵の上へと舞い散った。
怯む那賀丸の廻しを掴むと張天山は観客席へと向けて上手投げを放った。
まるで紙屑が舞うかのように悲鳴を上げながら那賀丸は観客席へともんどりうって倒れる。
勝負有り。
行司が張天山を指して勝ち名乗りを上げた。
「張天山〜〜〜!」
これで今場所は横綱の八連勝である。
しかし観客席からは血を流した那賀丸への心配の声が絶えない。
「那賀丸ぅーーー⁉︎」
「大丈夫かぁーー⁉︎ 那賀丸ぅーーー‼︎」
「おいおい今のはひでえんじゃねえか? 張天山‼︎」
「引退間際の年寄りにあそこまでしなくてもなあ……」
騒めく土俵を後にした花道で張天山は弟弟子たちから手ぬぐいと水を受け取る。
「へへ……お見事な勝ちっぷりです、横綱‼︎」
張天山は手ぬぐいで汗を拭きながら憮然として応えた。
「ふん! 当然だ……! あんな年寄りなどイカサマしなくてもハナから俺の相手にならんわい!」
まるで揉み手をするように弟弟子たちは横綱の機嫌をとる。
「もちろんです。相手になるものがいないからこその横綱! 今場所の優勝も横綱のものですよ!」
張天山は花道の横を通り過ぎる自分に匹敵する巨漢を睨みつけながら舌を鳴らした。
「……しかし、俺が優勝するにゃあ目障りな奴が1匹おるのお」
やがて歓声を受けて勇壮たる巨体の力士が土俵に上がり名乗りを受けた。
「東ぃぃ〜〜〜! 大関! 竜ヶ峰ぇぇぇ〜〜〜‼︎」
豪快に塩を撒き四股を踏むこの男こそは明日の角界を背負うと言われている大関竜ヶ峰であった。
「竜ヶ峰ぇぇぇーー‼︎ がんばれぇーーー‼︎」
「俺はお前を見に来たんだぜ! 竜ヶ峰ぇぇぇ‼︎」
「次代の横綱ーーー‼︎」
現横綱とは違い品行方正で男前である彼は、人気も高く今場所初めてぶつかる張天山との対戦を楽しみにされていた。
「西ぃぃ〜〜〜! 前頭二枚目! 牧野山〜〜!」
名乗りを受けた対戦相手はなにくそと塩を跳ね上げる。
もちろん力量は違うがガチンコでぶつかるつもりである。
「牧野山ーー! 今日は相手が悪かったなぁーー! 怪我せずに帰れよー!」
「諦めずにぶつかってけよ、牧野山ーー!」
行司の指示に従い両者は開始線に伏せる。
「……両者、見合って」
厳かな静寂の一瞬の後に火花が散った。
「はっけよーーーい! のこった‼︎」
飛び込んできた牧野山の両腕をいなし、竜ヶ峰は相手の廻しを掴み足を払った。
牧野山は転がるように土俵の端へと倒れ込み、たちまちのうちに勝負がついた。
「竜ヶ峰〜〜〜!」
行司が勝ち名乗りを上げると竜ヶ峰は相手を気遣うように起き上がるのを待つ。
彼こそは心技体三拍子揃った力士であった。
花道を歩み退場する竜ヶ峰に惜しみない賞賛の声援が送られ、民衆は思い思いに語り始める。
「いいぞぉぉぉ! 竜ヶ峰! 今日もいい勝ちっぷりだ!」
「ここまで八戦八勝! こりゃあ千秋楽は張天山との一騎打ちで優勝決定戦だな」
「楽しみだぜ! あの素行の悪い張天山をぶっ倒してくれねえかな」
「ああ、あいつこそ次代の横綱だぜ。ああいう力士に次世代を担っていってもらいたいもんだな」
そんな様子を面白くなさそうに見つめるのは張天山の所属する三角山部屋の面々であった。
「チッ! 好き勝手言ってやがりますね、横綱。今の王者は張天山関だってのによお!」
「全くだぜ。かたっばしからはっ倒してやりてえもんだぜ」
しかし張天山は余裕の笑みを浮かべながら弟弟子たちを宥めた。
「フン、そうかっかするなお前たち」
そして不敵な笑みを浮かべ手元の猪口をグビリと一飲みし、観衆たちを見渡した。
「千秋楽にはこいつらにいいもんをみせちゃるわ……!」
ふと小さな声がしたので三角山の連中が振り向くと小さな男の子が恐る恐るといった様子で立っていた。
「あの……」
よく見ると色紙を片手にもじもじしている。
どうやら横綱の手形がほしいようであり、普通の大人であれば受けるところであるが……
「フン! なんじゃ! どけやガキぃ!」
「あっ……!」
三角山の力士の一人が男の子の肩を跳ね除け少年は尻餅をつく。
「横綱は忙しいんだよ! ガキは帰って遊んでな!」
「へん! 汚ねえクソジャリめ」
唖然とする少年の横を力士たちは通り過ぎて帰っていく。
横綱は倒れた男の子に一瞥すらくれなかった。
唖然とする少年を観衆の一人が大丈夫か?と介抱し、ため息をついた。
※江戸期の相撲についても調べてみましたが、よくわかりませんでした
とりあえず今作では現在の大相撲と同じ15連戦で決着とさせていただきます。
作中の江戸場所というのは全国から強い力士が集まってきた大きな場所ということでご了承ください。




