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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
関本屋無惨
23/97

二十二

 小さな窓から光が差し込むここはよく見ると北町奉行所の牢の中である。

 薄暗い廊下を渡ってくる仲間の同心を見てむしろ高木は安堵した。

 格子戸から手を伸ばしながら同心たちに訴えかける。


「おおい! 俺は高木誠心だ! わかるだろ? いったいなぜ俺はこんな所に入れられている? 何かの間違いだろう。取り敢えず重役に取り次いでくれないか」


 高木は有能な同心として奉行所の中でも幅を利かせている存在だ。

 賄賂に弱い重役への心付けを怠っていないからだ。

 少しくらいの無理は通るだろう。


 しかし、どうしたことか仲間の同心たちは鼻で笑いながら高木を冷たい目で睨め付けた。


「いいや、間違いじゃあありませんぜ、旦那。アンタがこんな所に繋がれてるのは上からの御命令でさあ」


 その言葉に高木は動揺し、格子から身を乗り出す。


「何⁉︎ おい、まさか一緒に倒れていた男の死体のことか? あれは私の仕業ではない‼︎ 勘違いだ! 我々は昨夜暴漢におそわれたのだ!」


 同心の一人が耳をほじりながらため息をついた。


「……そんなことは疑っちゃいませんよ。アンタがそこにこうしているのはね、もっと大きな問題ですよ」


 その男の態度に頭にきた高木は今度は脅しを掛ける。

 出世街道をひた走る高木にとって本来ならば歯牙にもかけない連中である。


「何だと? ……おい、さっきから下っ端の癖にこの高木に舐めた口を聞きやがって! おい! お前ら顔を覚えたからな!

 ……グアッ‼︎ いてっ! 何をするか⁉︎」


 同心の一人が手に持った棒で格子の中の高木を殴りつけた。

 良く見ると彼らの顔はどれもまるで罪人を見るような見下す目であった。


「舐めた口を聞いてるのはどちらですかねえ? ええ? 高木誠心さんよお」


「散々悪事を働いてきたみたいですねえ……! 武士の風上にも置けないこのドクズがよお‼︎」


 そう言って棒きれを格子の中に突っ込み、ますます高木を痛めつけた。


「クソッ……‼︎ いたいっ! やめろっ! やめろぉぉぉ‼︎」


 暫くそうしていると、下っ端のその凶行を咎める声が聞こえ、殴打が止む。


「おい、お主ら。そこまでにしておけ。重役たちがお待ちだ。そこなるそいつを連れてこい」


 同心たちはつまらなそうに鍵を取り出すと牢に入り、顔や身体に青痣を作った高木誠心の手首と腰に縄を打った。


「あ〜あ。へいへい」


「オラッ‼︎ 来いよ! このクソ野郎‼︎」


 そして牢から引っ張り出すと高木を連行しながら長い廊下を歩き始めた。


「……ううっ くそっ……!」


 これではまるで罪人扱いではないか……


 戸惑いと屈辱を覚えながら、目の前の同僚たちへの復讐を心で誓いながら高木は奉行所の奥の広間へと連行された。


 襖を開くと北町奉行所の重役十数名が鎮座し、一斉に高木の方を振り向き冷たい視線を送る。


(……な、なんだぁ⁈ この仰々しさは?)


 思わず高木は震える。

 ……まさか、今までの悪事がばれたのだろうか?


 いや、そんなはずはない、関本屋の件も典和から手渡された資料はしっかり焼却したはずだ。

 それに自分はこの場の重役の幾人かに少なからぬ賄賂を送っている。

 どうとでもなるだろう。


 そんな甘い目論見を企てながら、高木は座敷の奥まで引っ立てられそこでようやく手首の縄だけが解かれた。


 重役が居並ぶ座敷の奥、一段高くなったその席に鎮座するのは北町奉行滝川権之丞たきがわごんのじょうその人であった。

 やや肥満体のその中年の男は冷たい目を向けながら腰縄を受けた高木に問いかける。


「其方が高木誠心か……?」


 滅多に対面しないその奉行に流石の高木も肝を冷やしながら平伏した。


「へい…… あの、お奉行様! 昨夜倒れてたあの男は決して私の手によるものではなくてですね……」


 すると青筋を立てて、滝川は激昂し始めた。


「だまれぇぇい‼︎ そんな事など咎めてはおらぬわぁ! この不埒者がぁ‼︎」


 ひぃ、と小さく悲鳴を上げながら高木はその身を縮こめる。

 ……一体なんだというのだろうか


 怒りで真っ赤になった顔で肩で息をしながら、滝川は傍に座る大目付に目線を移した。


「おい、播磨はりま。この馬鹿者に説明してやれ」


 この大目付は普段は冷遇されているがこう言った面倒ごとや些事を押し付けられることは多い。

 周防播磨守忠直すおうはりまのかみただなおはその命に黙って会釈すると高木に向き合い口を開いた。


「昨夜、酒宴を開いていた稲富商会と轟々組の面々が悉く何者かによって殲滅された。ほぼ時を同じくしてな。お主もその宴に向かう途中だったそうだな」


「……えっ

 稲富と轟が⁈」


 何しろ高木はたった今起きたばかりなのだ。

 寝耳に水のその報せに驚愕しながら彼は小声で、しかし小さなボロを出す。


 周防はじっと高木を見据えながら再び話し始めた。


「それで、事件の背景を調べるとこの怨恨はお主の仕事のやり方に端を発していることが分かった。

 お主が奴らとつるんで、いや、今回の件だけでなく北町奉行所同心の地位を使って方々から賄賂を受け取り、腐った代官や豪商と己の欲望のままに悪事を働いていたのは調べがついておる」


 周防の感情の見えないその言葉と目に高木の背筋に寒気が走る。

 高木はいきなり突きつけられたその事実に内心で動揺するが、あくまでもしらを切り通す。


「何のことでございますか⁈ 私は稲富の事など何も存じ上げませぬ!」


 すると肥満体の奉行がたまりかねた、という様子で高座を降りると高木の顔をいきなり足蹴にした。


「まだしらを切るか⁉︎ この愚か者めっ‼︎」


「ぐぁぁぁぁぁ‼︎」


 後方に転がり高木は赤い鼻血を流しながら白い天井を見つめる。

 目の端には重役たちの白い目線が自分を見つめているのが映る。


 周防の穏やかな声が奉行を制止するのが意識の外からぼんやりと聞こえてきた。


「お奉行、落ち着いて下さい」


「……ぜえっ、ぜえっ! ううむ、この餓鬼め! どれだけ蹴っても蹴り足りんわ‼︎」


 高木は身を起こしながらあくまでもしらを切り通そうとする。

 いや、もうこの手しか無いのだ。

 浅ましいと思いながらも高木は重役たちの方をチラと仰ぎ見る。


「うううっ…… 稲富や轟々組など私は知りませぬ……!」


 しかし、高木の浅ましい魂胆に気づいたのであろう周防のその言葉に彼の希望は打ち砕かれる。


「無駄じゃぞ。お主が頼りにしておる其奴らは助けてはくれぬ。事が事じゃから今回ばかりはな」


「えっ……」


 驚いた高木は今度は露骨に賄賂を送ったはずの重役たちを見つめる。

 しかし、誰も高木と目を合わそうとすらせず気まずそうにその目を逸らした。


 震える高木の前に来た周防は束ねた文書を高木の前に置くと冷たい声音で言い放つ。


「これはお主と稲富、轟との金の流れを纏めた文書じゃ。算盤勘定に強い左藤が忽ちに調べてくれたのだ。読むがいい」


 ……そんな馬鹿な

 慌ててその文書を手に取り読み進めていく程に高木の背筋に怖気が走った。

 これ程までに詳細に調べが進んでいるのか……


 読み終わった高木は臆しながらも知恵を振り絞り反論を述べた。


「……ううっ だがこれだけでは私が関本の事件に関わった証拠にはなりませぬ! 私は金を受け取っただけ! それも方々から恨みを買っている奴らの警備の相談料と酒代の善意の施しの対価として受け取っただけに過ぎませぬ!

 ……そう、私は北町奉行所同心として仕事をしたにすぎませぬ‼︎」


 あろう事か賄賂を受け取りながらも役人としての勤めを果たした、と言い張ったのだ。

 その場の空気が冷えるのを感じながらも高木は必死に言葉を紡いだ。


 そんな高木を見つめながら、周防は表情を動かさず全く感情を交えない声で言った。


「そうか、そこまで言い張るのだな。では証人を呼ぼう」


「証人⁈」


 障子が開くと、驚いた高木の前に現れたのは以前、痛い目に合わせた事がある町人や町娘達が訪れた。

 そして青褪める高木を怒りの表情、或いは嘆きながらその兇状を訴える。

 何しろ高木はヤクザ者とそれに類する商人たちと組んで甘い汁を啜っていたのだ。

 高木の顔を覚え、恨みに思っている者たちは探せばいくらでもいた。


 彼らが述べ終え、場を後にすると項垂れる高木に周防が刺すような口調で問いかけた。


「どうだ、高木。ぐうの音もでまい。何か申し開きはあるか?」


「……っちあげだ」


 その言葉の端に思わず重役の方から信じられない、という声が漏れた。


「は⁉︎」


 しかし、高木は顔を上げ必死の形相で尚も無罪を訴えかけた。


「こんなものはでっち上げだぁ‼︎ この高木誠心を妬んだ者たちによる陰謀だ! そうに違いない‼︎ 誠の心と書いてこの高木誠心! 天地神明に誓って不正など働いてはおりませぬぅぅぅぅ‼︎」


 これには堪らず滝川奉行も全速で高木の前まで駆けると思い切りの蹴りを繰り出した。


「これだけ証拠を揃えられてまだ言うか⁈ この餓鬼ゃぁぁぁぁ‼︎」


「ギャァァァァ‼︎ 無体にござる‼︎ 無体にござるぅぅぅぅぅ‼︎」


 怒りで顔を紅潮させた滝川権之丞は次々と高木の顔や腹を蹴り続ける。

 ……残念ながらこれは義憤ではない


「このっ! このっ‼︎ このっ‼︎ 不埒者めっ! よりにもよって私の在任中に‼︎ 江戸城での次の地位の構築中のこの時期にとんでもない汚職をかましてくれたなぁぁぁぁ‼︎」


「ヒィィィィィィィィィィ‼︎」


 滝川は奉行としての自分の経歴に傷がつけられる事だけを恐れていた。

 周防は薄く息を吐きながら袖を掴み奉行を嗜める。


「……お奉行、その辺りで」


「……ゼェッ‼︎ ゼェッ‼︎ ゼェッ‼︎ 畜生めっ! どれだけ痛めつけても足りぬわっ‼︎」


 息を切らしながら滝川は上座の席へと肩をいからせ戻る。

 床に倒れ込んだ高木はますます青あざを増やしながら鼻血を流しその痛みに涙も流す。


「……うっ うう……」


 周防は奉行が落ち着いた頃を見計らい問いかける。


「さてこの者の仕置きをどうなされますか? 出来れば この男から賄賂を受け取って好きにさせていた者の罪も追求したいところではありますが……」


 滝川は手を振り上げ、重役たちの席を指さすと怒鳴るように即刻宣告する。


「其奴らは降格! のち減俸に処す! 追って沙汰を伝えるので楽しみに待っておれ‼︎」


 その言葉に重役の幾人かは項垂れ顔を青褪めさせた。


 周防は軽く首肯する。


「ふむ、まあ妥当なところですな」


 続けて奉行は役人によって引き起こされている高木を侮蔑の目で見つめながら指をさす。


「この愚物、高木については私自ら手打ちにしてやりたいところだが……

 大きな事件にしたくないのじゃ、なんぞ良い知恵はないか、播磨?」


 奉行は言外に江戸城にはこの不祥事を知られたくないと言っている。

 周防は首を捻りながら、暫くすると口を開いた。


「さて、高木には妻子もいると聞きまする。そこにまで累が及ぶのは忍びない。また官憲が腐敗に手を貸していたこの件が大きな事件となれば民衆の我ら武士に対する威信が揺らぎまする」


 奉行は頷きながら小さく唸り声を出す。


「ふむ、なればどうする」


 そして周防は扇子で高木を指し示すと言い放った。


「そこなる高木には病死してもらいましょう」


 周防のその言葉に暫く沈黙が訪れる。

 やがて奉行は得心したかのように膝を打つと口角を上げた。


「……病死とな ……ほう」


 高木は薄れていた意識をその言葉に集中させると己の耳を疑った。

 ……病 ……死?


「えっ……?」


 奉行は棒を持ち突っ立っていた下っ端の同心たちに迷わず指示を飛ばす。


「おい、そこのお前とお前。今すぐ庭先に高木を引っ立てて斬首せよ」


 命を受けすぐ様、高木の脇を捕まえにくる同僚に高木は無様に抵抗し、奉行の方に泣いて乞うた。


「待って! 待って! 待ってください‼︎ お奉行‼︎ 嫌だ! いやだ‼︎ ちゃんと調べて下さい‼︎ これは何かの間違いです‼︎ まちがいなんですぅぅぅぅぅぅ‼︎」


 しかし、同心たちは暴れる高木を殴り飛ばし再び手首にも縄を打つと非情にもその腰を持ち上げ引っ立てていく。

 奉行は脇息にもたれながら忌々しそうにその様子を見ていた。


 泣き叫びながら連行されるその様はまるでこれから食肉となる家畜のようで……

 悪事を為しておきながらのこの往生際の悪さに大概の者は嫌悪感を覚えながら高木を見送った。


 最期に周防は去りゆく高木に聞こえるように穏やかな声で告げる。


「安心せよ高木。お主は病死扱いになるので残される家族に累は及ばん。心置きなく地獄に行けい」


「イヤァァァァァァァァ‼︎」


 その後程なくして高木の斬首は執り行われた。

 記録に残ってはいないが、武士の風上にも置けぬ無様な最期であったという。

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[一言] ざまあ決まりました。
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