二十一
朝焼けが長かった夜を照らす頃、ドブ街の外れの道を数名の手下を引き連れた年配の同心が先を急ぐ。
目的地の荒れ地に建つ寺社の門の周りにはここ貧民街の住人たちが騒めくように押し寄せ中を伺っていた。
何より目立つのは門の前に打ち立てられているブツである。
同心たちを見るとその風態の良くない住人たちはさっと道を開ける。
年配の同心は門の前の杭に打ち立てられたその生首を見るとふう、とため息を吐く。
……ヤクザ者同士の抗争であろう
手下の同心たちがしっしっと住人たちを追い払う。
「おい、お前たち見せ物ではないぞ。それ以上中に入るのは許さん」
住人たちは距離を取り遠巻きにこちらを伺っているようだった。
生首の横には何やら木の立て札が掲げられ殴り書きで何かが書かれている。
『黒虫組及びここにあるその組長 堅気に残虐非道を働いた咎により罰を下す』
ふむ、と一言発し年配の同心は寺社の境内の中へと急ぐ。
まだ入り口だと言うのにもう血の匂いが香ってくる。
現場への道中、その道端や廊下にも鴉につつかれている遺体や腹から臓物を飛び散らせた遺体などが散乱しており手下の若い同心などは青い顔をして吐き気を催す者も少なくなかった。
現場である大広間に到着すると先着していた同心が笑顔で年配の男を迎える。
その部屋ではドブ街詰めの下っ端の同心や岡っ引きたちがこの大広間の遺体たちを見聞していた。
「ああ、どうもお疲れ様です。ご覧の通りの有様で…… ここドブ街でもこんなのは初めて見ましたよ」
「ここが現場か。
……こりゃあ、ひでえな」
多くの現場を見てきた同心でさえ、その光景と匂いに顔を顰め口を抑えた。
轟々組のヤクザ者たちであろうその遺体は、生首がそこらに転がっている者、臓物を晒し嘆きの表情で事切れている者、心臓を突かれて突っ伏して絶命している者などその死に様は様々であった。
地獄のようなその有様に顔を顰めながら先着していた同心は答える。
「ええ、こんなもの人間業じゃござんせん。
獣が暴れたんじゃねえか、って意見も出ましたが門のアレ見ましたでしょう?」
門前の晒し首の事を言っているのだろう。
年配の同心は頷く。
「見たよ。あんな真似するのは確かに人間の仕業で間違いないみてえだな」
「轟々組ってのは堅気からだけじゃなく周りのヤクザからも相当恨みを買ってたようで多分ヤクザ者からの報復行為じゃねえかな、とあっしは踏んでます」
「……ふむ、なるほどな。後ろ盾である稲富商会の連中も今晩同様の目に遭っておるのも存じておるな」
今晩、ほぼ同じ頃に違う場所で稲富商会の重役たちが宴席の最中一斉に始末されたのを発見されたらしい。
当然二つの事件は何らかの繋がりがあるだろう。
「へい、先ほど聞きました。ここと同様血も凍るような有様だそうで」
「その通りだ。奴らは暴力と金を使って悪どい商売をやってきたらしい。お主の言う通り、まあ何らかの報復であろうな」
首を振りながら相手の同心は仲間が検死している現場を見てため息をついた。
「……しかしねえ
あっしなんかは慣れとりますが、現場を見て若いのが吐きまくってますわ。無理もないですがね。
これだけの怒りを受けるからには相当ひどいことをしてきたんでしょうな。此奴らは」
「どいつもこいつも碌でもない奴らであったことは確かだ。しかし血の匂いが移っていかんな……
まるで妖魔が暴れたような凄惨さじゃの。
さっさと退散したいわ」
年配の同心は自分の着物を嗅ぎながら眉を顰める。
言ってはなんだがこんなクズ共の事件を詳細に調べるなど真平だ、という風な態度が二人には見て取れた。
「死体の後始末とかやりたくないですわ…… なんとかなりませんかね」
「疫病の問題もある。ここは人家から離れておるし、屋敷ごと火をつけて処理してしまおうと思う」
その言葉にほっとした様子で相手の同心は笑みを浮かべる。
こんな遺体を一つずつ始末していたらどれだけかかるか、どんな疫病にかかるかしれない。
「それが一番ですな。やれやれ、死んだ後まで面倒かけやがってドブ街のゴミどもめ」
以後、ここドブ街では「黒虫組と呼ばれるヤクザ者どもが余りに仁義にもとる暴れ方をしたためにまとめて妖魔に食いちぎられた』という怪談が密かに語り継がれることになったそうな。
朝の日差しを受け、高木誠心は目を覚ます。
「……う、うう」
高木は身体を地に横たえたまま、己の記憶を掘り返す。
頭が痛い……
昨晩は呑みすぎたのだろうか?
いや、宴会場にたどり着いてすらいないはずだ。
確か、昨日は稲富の宴席に呼ばれて奴と歩いていたところを何者かに襲撃されて……
頭を振りながら高木は身を起こす。
全くもって気分が悪い。
「なんだ、変な夢でも見てたのか……? なんだったんだくそっ!」
あの男、絶対に許さねえと意気込みながら立ち上がるがどうもここは勝手知ったる我が家ではないらしい。
そして、異変に気づく。
木製の格子で覆われたここはまるで……
高木は狭い室内を見渡し、そして格子に手を掛け叫ぶ。
「おい、何だここは? 俺が何で牢に入れられてるんだ⁈ おい! 誰か! いるか⁉︎ ここから出してくれぇ‼︎」
やがて遠くから廊下をコツコツ、と歩く足音が近づいてきた。




