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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
関本屋無惨
18/97

十七

 寺社の広間のあるべき場所にかつて在った仏像はすでに無く、真っ平らな広間とされたそこは主に酒宴の会場として用いられる。

 屋敷の柱のそこそこには書きたい放題の落書きが放置され、手入れも行き届いていない。


 廃寺であるここはかつて徳の高い僧が住っていたというが今は見る影もなく、ただ、ただ世にも見苦しい悪鬼たちが住まう。

 数年前から陣取ったここを悪行によって積み上げた金で改装しながら、轟々組の破落戸ごろつきたちは己の寝ぐらとしていた。

 武闘派として知られる彼らの根城に近寄る者はほとんどなく、新月である今日も邸内に複数の行燈を灯し酒宴を開いていた。


「おうおう、お前ら。組長に感謝して今夜は女と酒に溺れようや‼︎」


「うおおおい! 呑み明かすぜ‼︎」


 轟々組五十余名の破落戸たちは杯を手に赤ら顔で下卑た歓声をあげる。

 男たちの間を給仕として死んだ目で芸者のように着飾った姿で駆け回る女たちがいた。

 今晩は関本家の件の急ぎ働きの礼にと、稲富商会から女をあてがわれたのだ。

 ……もちろん借金のかたに無理やり連れて来られた債務者の子女たちである


 男たちは女たちの肩に手を回しながら呂律の回らない口を開く。


「最近、景気がいいなあ、ウチは。ちょっとあの店に火をつけてやっただけなんだが。

 好きなだけ暴れられるしよお、いつまでもこの組についていくぜ俺ぁ……!」


 関本の店に火をつけた男のうちの一人が気分良さそうに吠え嗤う。

 相槌を打つように周りの男たちも下卑た笑い声をあげた。


「さあどの女にするかなぁ? 良いのは組長が持ってっちまったしなあ……」


 男たちの熱のこもった視線に女たちのうちではひっ、と小さな悲鳴があがる。

 中には年端のいかない少女までいた。


「贅沢言うな。ウチはまだ女をあてがってくれるだけ有難いもんだぜ」


 酔いの回った破落戸たちは容赦なく震える女たちを舐め回すように見つめ、その内の一人に下卑た笑顔で無茶を言い始めた。


「そうだな、おい、酌しろや! そこの女」


「そうだ、一枚ずつ脱いでいけよ女」


 無茶を言われた女は泣きながらかぶりを振るが肩を押さえつけられ男たちの間に挟まれる。


「や、やめてください……!」


「父親の借金のカタにここへ来たんだろ? 言うことを聞けよ……!」


「……う、うう‼︎」



 その時、酒宴会場の外向きの扉がガラリと開き一陣の夜風が灯りを揺らめかせた。

 破落戸どもや女たちは驚きながらそちらを見遣る。


 ……こんなヤクザ者たちの夜中の酒宴に紛れてくる者は誰だろうか



 その影は唖然とする面々を余所にゆっくりと会場の一段高い場所に足を踏み入れると一同を見渡し、薄闇に笑ったように見えた。

 暗い闇に細かい容貌はよく分からないが薄く冷たい笑みが行燈の灯りに微かに照らされているようであった。

 そしてこの界隈で幅を利かせるヤクザ者達相手に信じられない口を聞いた。


「よお、クズ共。この世最期の宴楽しんでるか?」


「なんだァ⁈ テメェ⁈」


「カチコミか⁈」


 声と風貌からして侵入者は男の浪人のようであった。

 酒宴を邪魔されヤクザ者たちは激昂する。

 しかし、その浪人は肩に刀らしきものを担ぎながら飄々と応えた。


「お前らが轟々組か。

 ……はあ。くせえくせえ。クズが集まるドブ街のゴミだけあってどいつもこいつも不細工な面してやがる」


「何だ、どっから来た⁉︎ 門番の奴らはサボってんのか! クソが‼︎」


 浪人はその言葉に軽く笑い声を上げ、刀の先にぶら下げていた何かを掴み破落戸たちに向かって放り投げた。


「門番の奴らならこの通りだ。先にあの世に送ってやったぜ」


「うおっ⁉︎ なんだ⁉︎」


 男の一人が飛んできたそれ・・を咄嗟に受け取る。

 ……それは虚空を見つめながら血涙を流す生首であった

 その顔には見覚えがある。


「クソッ……‼︎ 見張りの奴で間違いないみてえだ……!」


 轟々組の面々の怒りが沸々と場に煮えたぎる空気が闇夜に冴えた。

 連れてこられた女たちはその様子を見て震え上がり、互いの身体を抱きしめ合う。


 凄みながら幾人かの破落戸はこの不敵な浪人へ歩みを進めた。


「おい、兄ちゃん、こりゃあもう冗談じゃ済まされねえぞ……⁉︎」


「俺たちを轟々組だと分かっての所業か⁉︎ コラァァァ‼︎」


「誰だァ⁉︎ てめえは‼︎ 名を名乗れ‼︎」


 大勢のヤクザ者に凄まれてもその浪人は尚も不敵な笑みを浮かべ、その反応を楽しむかのように破落戸どもの表情を見渡す。


「ははっ! 黒虫・・組とか言ったか? これからくたばる虫どもに名乗る名はねえなあ。

 こんな掃き溜めでてめえより弱えやつ相手に威張ってるだけのクズが一丁前に吠えやがる。

 一人殺されたくれえでガタガタ抜かすな。

 一足先に送ってやっただけさ。

 今まで散々自分より弱い者をいたぶってきたんだろう?

 今から全員仲良く地獄に送ってやるよ……!」


 鞘に納めたままの刀を肩に担ぎながら涼しい顔で舐めた態度をとる浪人者についに腹を立てたヤクザ者たちの幾人かは長物を掴み、またある者は立てかけてあった武器を手に取った。

 見れば若いがそれほど身長がある訳でもない只の浪人と思しきその男は徒党を組む破落戸にとって何ら脅威を与える相手ではなかった。

 それに何しろ一人でありおそらく武器は手にしている黒鞘の打刀一丁だけだろう。

 近隣で恐れられる轟々組に一人で乗り込み不遜な態度を取るその男に幾人かは激昂するが、大半は浪人者を無謀な愚か者と見做し嗤う。

 合わせて五十余名、例え男が銃を持っていたとしても敗けるはずがない。


「ははっ! 兄ちゃん‼︎ 一人で俺たちとやる気かぁ⁈ お前バカじゃねえのか⁉︎」


「この人数と得物が見えねえのか? ふははっ‼︎

 牛若か三國志の英雄にでもなったつもりか?」


 ヤクザ者たちの野太い嗤い声が薄明かりの揺れる闇夜に響き渡り、また浪人も呼応する様にその不遜な笑みを深めた。

 ……その笑みが肉食獣が獲物を目前にした時のものに酷似していることに彼らは誰一人として気づかない



 ーーードォォォォォォン!



 その時部屋の壁の一方が轟音と共に弾け飛び大きな穴が空いた。

 お駒が仕込んだ火薬が炸裂したのだ。

 ヤクザ者たちは一瞬怯み、驚いて煙が朦朦と立ち込めるその穴を見つめる。

 これはヤクザ者達への攻撃を意図した爆撃ではない。


 ……そもそも『ただ殺す』だけならこの浪人者がわざわざ搦手からめてを用いる必要などない




「壁に穴が……?」


「な、なんだぁ⁉︎」


 戸惑うヤクザ者たちに構う事なく浪人は部屋に連れ込まれた女たちを見回しながら声をかける。


「女どもは逃げな。邪魔だ。

 ここはこれから血の池地獄になる。

 ……こいつらの血でな

 こんなくせえ不細工どもと心中したいなら話は別だが」


 唐突なその言葉に暫くは呆然としていたが、察しのいい女たちは他の女たちの手を引きながら急いでその穴から逃げ出した。


 慌てたのはヤクザ者たちだ。

 逃げ出す女たちを下っ端たちに命じて追わせる。


「お、おい! クソッ‼︎ 女どもを追え‼︎」


 幾人かの破落戸たちが穴から飛び出し逃げ出す女たちを追いかけるが、追うヤクザ者たちの顔面へどこからか飛んできた鞠が当たると弾け割れそのまま男たちの顔面に粉塵が思い切り降り注ぐ。

 粉塵を浴びた男たちは一斉に顔を覆い地面へともんどり打って倒れる。


「ぐべぇぇぇぇぇぇ‼︎」


「がはっ! がひっ! ……唐辛子だ畜生‼︎」


 男たちが唐辛子を仕込まれたその粉塵にもんどりうつ間に女たちは無事に邸内を抜け出したようだ。


 浪人はヤクザ者たちに向けてまた挑発するような高笑いをあげる。


「ははっ! バカがよ。おい、お前らに一つ言っとく。外に逃げても俺の仲間が今度はお前らの頭を撃ち抜く。ここで死ぬか、外で死ぬか選びな」


 宴に水を注された上に女たちを奪回されたヤクザ者たちは今度こそは全員が一様に浪人に対して激昂した。

 各々が手近にあった長物を手に取りその不遜な男を取り囲むように殺気を孕んだ目で睨みつける。

 ヤクザ者たちに囲まれ普通の人間ならばここで縮みあがっているところだが、しかしこの浪人者は尚もその苛立たせるような薄笑みを絶やさずそれどころか「さあ、来い」とばかりに楽しそうにクルクルと肩の上の刀を回しながら己の胸を軽く叩いた。


 これを見た大半の者たちは更に苛立ち怒号を飛ばしたが、ここへ来て不遜な態度をやめない男の態度に不気味さを感じる者も少数ながらいた。

 後にこの時逃げ出しておけば、と後悔することとなる……


 ──その男の涼やかな笑顔に狂気の怒りが混じっていることに誰一人として気づかない


「野郎……! どこまでも舐めやがって‼︎」


「殺せ‼︎ どこのどいつか知らねえが構わん‼︎ やっちまえ‼︎」


 ついに切れた数名のヤクザ者が槍や棍棒、鉄棒などの長物を構えて浪人者へとにじり寄る。

 迫りくる破落戸を涼しい顔で見つめながら、刺客勢二郎・・・はまるでこれから楽しいことを始めるかのように嬉しそうな声で言い放った。


「ははっ‼︎ そうだ、まとめてかかってこいよクズ共」


 その挑発にとりわけガタイのいい男が長槍を掴み怒声と共に勢二郎に向かって突進し、構えたそれを勢いよく突き出した。


「死ねぇぇぇ‼︎ 身のほど知らずの若造が‼︎」


 何人も無慈悲に無辜の人間を葬ってきたヤクザ者のその斬撃は、しかし行燈の薄灯りに揺れる闇を虚しく裂いただけであった。

 するりとその脇を抜けた勢二郎の手元から目にも止まらぬ打ち下ろしの一閃がすれ違い様に放たれたと思うとその巨漢の頭が真っ二つに割れ、脳髄とその中身を噴き出しながらどう、と糸の切れた人形のように倒れた。


 唖然とする破落戸共を揺れる薄闇に見つめながら、いつの間にか抜刀していた鈍色の刃を肩に担ぎ勢二郎は冷たく笑う。


「一番槍を仕掛けてくるだけはある。そこそこいい一突きだったぜ。褒めてやる」


「「「や、山田ぁぁぁぁぁぁ‼︎」」」


 仲間内でも屈指の腕前だった、たった今骸となった武士崩れの男の名を叫びながらヤクザ者たちは激昂の色を強める。

 勢二郎は行燈の橙色に染まる刀をヒュンと一振りすると肩に担ぎ余裕の笑みを浮かべる。


「言っただろ? そうそう、まとめてかかってこいよ。

 ……でないとお前ら弱すぎて一瞬で終わるぞ?」


「「「オオオオオ‼︎」」」


 仲間を殺され激昂し、勢二郎に向けて殺到したヤクザ者たちが一斉に槍や刀の斬撃を繰り出す。

 しかし暗闇の中に映える影はまるで煙のようにその無数の死線を躱し、男たちが打ち終わった後の隙を逃さず放った反撃の一閃が円弧を描く。


「ブキャアァァァァ‼︎」


「グァァァァァァ‼︎」


「あああああ‼︎ 俺の腕がぁぁぁぁ‼︎」


 一瞬でヤクザ者たちの頸部や目、利き腕が吹き飛び、影のように駆ける勢二郎は向かいくる敵たちを次々と一撃の元に切り捨てる。

 血煙の雨が邸内に降り注いだ。

 ……轟々組の憤怒が徐々に戸惑いに変わり始める。


 後ろの方で薄闇の中の血飛沫を見ていたヤクザ者の一人は怒りにわなわなと肩を震わせながら傍の男の持つ得物を取り上げる。


「くそっ‼︎ 何なんだこいつ⁉︎ おい! その短筒を寄越せ‼︎」


 短筒を手にしたそのヤクザ者は物陰でじっと機会を伺い、勢二郎を狙撃する隙を待った。

 見ていればまともに打ち合って勝てる相手では無いことに薄々気づいているようだ。


「カチコミ野郎‼︎ しねっ‼︎」


 ちょうど仲間の槍と勢二郎の刃が交差し鎬を削るその一瞬。

 銃を手にした男は物陰から素早く駆け出し銃口を勢二郎の背中に向け引き鉄を弾いた。

 けたたましい銃声と共に火を噴いた銃口から闇に燻る紫煙が上がる。


「……ざまあみろ! やったか⁈

 ……はぁっ⁉︎」


 しかし、男は次の瞬間にとんでもない光景を目の当たりにする。

 刺客は後ろに目がついているかのように反応すると空中を回転するかのように跳ね上がり、発射された弾丸は仲間の胸を抉り赤黒い吐血が男の頬へとぴしゃり、と舞い散った。


 銃を持った男は唖然とし、間抜けにも口を開けたまま放心する。

 ……こんなことがあるものか


「死ぬのはてめえだよ、クソ野郎」


 棒立ちしてようが構わず、勢二郎は闇を舞う飛鳥の如く跳躍の勢いのまま自由落下の一閃を放ち、また一人破落戸を切り裂く。


「ギャァァァァァァ‼︎」


 鉄砲男の身体が頭から胸にかけて左右に真っ二つに裂かれ、赤黒い血潮を撒き散らしながら魂の抜けたその手から短筒を取り落とした。


 ──隙をついた背後からの弾丸ですら躱すのか


 勢二郎は間髪入れず唖然とするヤクザ者たちに向かって斬りかかっていく。


 反撃の槍や棍棒をまるで鳥が舞うようにかわし、漆黒の刺客は敵の間を縫うように破落戸共を切り裂いた。


「アァァァァァァァァ‼︎」


「ブワァァァァァァァァ‼︎」


「グェェェェェェェェェェ‼︎」


「俺の‼︎ 俺の臓物がとびだしちまったぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 ……頸部を斬られ最期の光景を恐ろしき鬼の笑みで終える者


 ……胴を割られ零れ落ちる己の臓物を押さえながら泣き叫ぶ者


 ……複数の首や死体が折り重なり血の泡を吹きながら闇の虚空を見上げる



 次々と薙ぎ倒される仲間たちを見てとうとう彼らは目の前の相手の異常なまでの練武に気づく。

 暗闇の中を無数の刃をかわし、冷たい笑みを浮かべながら人をまるで紙屑のようにちぎっていくその様はまるで修羅の如く……


 後方に控えていた轟々組の面々は戦慄を覚える。

 ……奴の宣告通り自分たちは今地獄に落とされようとしているのだ


「……なんなんだ? なんなんだ、なんなんだ⁉︎ あいつはよう‼︎ バケモンか⁉︎」


 ヤクザ者たちの一部は未だに怒りに任せて戦うが、大半は恐慌をきたし始め武器を取り落とす者が現れ始めた。


「うわあああああ‼︎ もうやめてくれえ‼︎ 来ないでくれえ‼︎ ……ぐはぁぁぁぁ‼︎」


 しかし、彼らの戦意に関係なく勢二郎の斬撃は容赦なく平等に振り下ろされ、逃げ出す者の背後からも首筋や心の臓を貫いていく。


「逃げてんじゃねえ……! 気合い入れろやヤクザ者がよぉ‼︎」


 闇の中を踊るように飛びながら刺客は向かってくる者も逃げ行く者も無惨な死骸の山へと変えていく。

 の開始から約五分。当初は五十余名居た轟々組の面子もとうとう半分を切ったようだ。

 血飛沫を浴びながら恐ろしい形相で薄笑みを浮かべる修羅が行燈の薄明かりに映え、ついにこのドブ街の鬼と呼ばれたヤクザ者たちの戦意は崩壊した。


「嫌だ……! 嫌だ! 嫌だ‼︎ 死にたくねえ! 俺は悪夢を見てんのか⁉︎」


「ば、バケモノ……‼︎ バケモノが出たんだぁぁぁぁぁぁ‼︎」


「うわぁぁぁぁぁ‼︎ おい! さっきの穴があるだろう⁉︎ 命あってのものだねだぁぁぁぁ!」


 恐怖のあまり轟々組のヤクザ者数名が仲間を見捨てて悲鳴を上げながら背を向けて逃げ出した。


「あっ、こらぁ‼︎ 逃げるな! お前らには組長の制裁が待ってるからなぁ‼︎」


 意地でこの場に踏みとどまる者ももはや逃げ出す者を止める余力はない。


 勢二郎は刃についた血飛沫を拭いながら獰猛な笑みと共に高く笑う。


「ははっ‼︎ 大体残ったのは雑魚の中でも更なる雑魚みてえだな、逃げたきゃ逃げろや。逃げられるもんならな」


 そしてまだ足りぬとばかりに残った者たちへと目にも止まらぬ速さで襲い掛かった。





 新月の夜に小雨が混じり自然音と微かに聞こえる悲鳴が辺りを取り巻いていた。

 遠くに聞こえる梟の鳴き声に混じり、修羅場から逃げ出したヤクザ者たちの疲れ切った息遣いが軽く響く。

 元境内らしき荒地の庭を駆け抜け、破落戸たちは木の元で一息ついた。

 何も映らぬ闇夜に鴉が近くでガァガァと吠え飛ぶ。


 息を切らせながら破落戸たちは汗を拭いながら暫しの休息を取りながら相談を始める。


「はあ、はあ、はあ……

 冗談じゃねえ……! あんなバケモノ相手にしてられっか!」


「同感だ…… ありゃあ妖怪かなんかか……? 何の祟りか知んねえが、俺たち悪さし過ぎたみてえだな……

 しゃあねえ、ほとぼりが冷めるまで江戸を出るか」


「そうだな……

 ……ガァッ‼︎」


 その時、風切り音が聞こえたかと思うと、雑談を交わしていた男たちの一人が急に悲鳴を上げて地へと倒れ込む。

 そんな男を不審に思い、仲間の一人が寄り添ってみると白目を剥いたその破落戸のこめかみには一本の矢が突き刺さり呼吸音も聞こえなかった。


「おい? どうした……? ……死んでるぞ! うぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 恐怖と驚愕に震える男たちには更なる風を切る音が近づいてくることなど知るよしもない。


 ーーーヒュュゥゥン‼︎


「ぐふっ……!」


「……げふっ‼︎」


 男たちの喉元や脳天に次々と闇夜からの死線が突き刺さっていく。

 悲鳴を上げる暇もなく一瞬で絶命していく仲間たちを見て残った一人の破落戸は漏らしながら尻餅をつく。

 そして矢の飛んできたと思しき方へと震えながら土下座した。


「待って……! 待ってくれ! 俺は悪いことなんかしちゃいないんだ‼︎ ただ他の奴らの尻馬に乗ってただけだ‼︎ 撃たないでくれ‼︎ 頼む!頼むから‼︎

 ……ぐはぁ‼︎」


 しかし闇夜からの死線は無慈悲にその無様な破落戸の脳天を貫いた。

 ガァガァ、と闇夜に鴉が嗤うように吠え立てる。


 遠くの木の枝の上に立つ黒装束の小さな女がじっと闇夜を見つめながら手にした弓を下ろす。


「……四つ、五つ、六つ、と」


 お駒の目は月のない夜でも遠くを見通しその弓矢の射程は四町(約400メートル)先の敵の目玉ですら射抜く。

 お駒は倒した相手を見つめながら薄くため息をついた。


「浅ましいなあ…… 仲間を見捨てて逃げ出し、挙げ句の果てにはみっともなく命乞いをする。謝る相手が違うでしょう。地獄に落ちな、外道ども」


 何しろ今回の仕事は事の成り行きを体感している。

 少しばかりいつもより気合いの乗った射撃であった。


 お駒は怒号がどんどんと小さくなる寺社の方を振り返り頬を覆う布を下ろす。


「それにしても、今日の勢さんは荒ぶってるね。逃げ出した破落戸がいつもより少ないよ」





 月のない闇にしとしとと紅が落ち、先ほどまで立ち込めていたむせ返るような血煙が静まると方々に無残な死骸の山が薄明かりに照らされる。

 折り重なるように無造作に転がる死骸は物言わず、それぞれが地に臥し闇を見つめる。


 修羅場の薄闇に蠢く者はもはやただ一人であり、先ほどから微かに息をしている者に次々と留めを刺しに回っていた。


 ただ一人血の酒宴を生き残った大きなこの広間の灯りの届かぬ隅の柱の影に震えながらうずくまる者が居た。

 人一倍臆病なために命拾いした男である。


「…….ひい、ひいぃぃぃ‼︎

 なんなんだ……⁉︎

 いったい何が起こってるんだ⁉︎

 ……こんな、こんなことがあんのかよ⁉︎」


 濃い血の匂いに震えながら男は部屋を歩き回る刺客に怯える。

 足音が近づくたびに声を殺して恐怖に咽び泣いた。


(こ、こないでくれ……! た、頼む……‼︎)


 ……いったいこいつは何者なのだ


 最早人間業とは思えないその所業に戦慄しながら生き残った男はヒタヒタと歩き回るその怪物の遠ざかる足音が小さくなるのをじっと待つ。


「……い、行ったか? ああ、くそっ、轟々組はもう終わりだぁ……! さっさと俺も逃げちまおう……」


 やがて薄闇に刺客が消えたらしいことを確認した男は這いながら物陰から出ると泣きながらその場を後にしようとする。

 ……とその肩を緩く掴む者がいた


「そうだな、それが賢明だな」


「ひっ……! ヒィィィィィィ‼︎」


 男はひっくり返らんばかりに驚き、泣き叫ぶが肩を掴む異様なまでの膂力が逃走を許さない。


 背後に迫るは紛れもなく、先程までここにいたならず者五十余名をあっという間に葬ったあの鬼神であった。


 橙色の灯りに照らされた薄紅に染まる鬼が口角を上げ嗤う。


「あーあ、何人か残して案内させようと思ってたが殺り過ぎちまってお前しか残ってねえよ。おい、お前。残ったお前らの大将の元へ案内しろや」

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん。問答無用の強さですね。
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