十四
黒頭巾の女の後について暫く歩いた先にある小屋に案内され、おふみは促されるままに座敷の一角に座る。
黒頭巾の女は薄く笑いながら頭巾を外すとその長く綺麗な黒髪を露わにした。
「私は明雲。
ここ数日堅気の嬢ちゃんがここらを彷徨いてるって噂になってるよ、アンタ。
聞いたところによると酷い目に遭ったそうじゃないか。
でもこんな所に一人で来るなんてあんまり賢くないね」
頭巾を外したその女は綺麗な顔をしているが、どこか陰のあるやややせ気味の女だった。
自分が他人からどう言われようと、どう思われようとどうでもいい。
おふみは身を乗り出しながら明雲と名乗る女に問う。
「……あなたが渡し人なんですか?」
明雲は笑いながら首を横に振る。
「違うよ。そんな荒事が出来るように見えるかい?
私ゃただの花街上がりで、か弱い女で、そして黒閻洞への案内人さ。
案内と言っても一人で行ってもらう事になるけどね」
勿体ぶった女のその態度に焦れながらおふみは頼み込むように身を乗り出す。
「教えて下さい…… 黒閻洞への行き方を」
息を吐きながら明雲は狭い小屋に響くような笑い声を上げ、そして真顔に戻りおふみを見つめる。
「アンタみたいな堅気の娘さんが訪ねてくるのもそう珍しくないんだよね。
案内してやってもいい。
でも、これからいう決まり事は絶対に守ってもらうよ。
でないとどうなるかわかるよね?
……後、これだけは聞いとく」
女はぞっとするような冷徹な目でおふみの眼を覗き込んだ。
おふみは一瞬怯みそうになる心を奮い立たせ女を見つめ返す。
「今なら引き返せるよ。
アンタには覚悟があるかい?
相手が外道とは言え、そして直接手を下さないとはいえアンタはこれから人殺しの罪を背負うことになる。
よおく考えな。
……それでも復讐を遂げたいかい?」
少しの刻の後、おふみは驚くくらい自分の心が揺れていないことに気づく。
……そうか、私はこんなにあいつらが憎いんだ
これが鬼と向き合うという事。
おふみは穏やかな表情でゆっくりと首を縦に振った。
「……その覚悟でここまで来ました
人様に殺しを頼む以上、私も地獄行きです。
私は父母や兄とは違うところに逝くでしょう」
明雲はにい、と笑いそしてその表情を緩める。
「そうか、そりゃ野暮をきいちまったね。なら私から言うことは何もないよ」
……妙に湿り気のある風が吹く夜だった。
薄い闇夜をかき分けるようにして山道を進むおふみは時折り細い月を見上げる。
『まずは無縁墓地に行きな。流石に渡し人たちも四六時中仕事を請け負ってるわけじゃないからね。合図が必要なのさ』
明雲に言われた通り、ドブ街の無縁墓地の一つに赤い花を備えた晩に木戸をひっそりと抜けた先にある山の麓へと向かう。
女一人、なんとも心細く震えるような旅路であった。
『ドブ街の奥の奥。北の外れの山の麓に向かいな。山道を登ればその内首無し地蔵が見えてくる。その脇にようく探せばあるのが……』
もう一刻は歩いただろうか。
息を切らせながら野原を抜けるとおふみは山道の脇に明雲の言っていた通りのものを見つけた。
「あった…… 首無し地蔵……」
おふみは薄い月明かりに照らされる首無し地蔵を見つめ、辺りを見渡す。
樹々に遮られて分かりにくいが、確かに少し探せば山の脇道に洞穴らしき狭い入り口を見つけられた。
「これが…… 黒閻洞」
おふみは小走りに駆け、入り口を覗き込むと思わず息を呑み、足を止める。
……ここが鬼を喰らう鬼の棲まう場所
あるいはおふみの気のせいだろうか、何とも言えない妖気のようなものまで漂ってくるようだ。
意を決しておふみはここで提灯を取り出し灯りをつけて黒閻洞の中へと足を踏み入れる。
入り口は狭いが思ったより中は広く、暫くおふみは奥へと歩き続ける。
「……!」
やがて四半刻も歩くと薄い灯りに照らされ、なんとも恐ろしい形相で立つ神仏を象った大きな像が見えてきた。
五間(約九メートル)はあろうか。
おふみはその圧倒的な迫力に呑まれ、暫く唖然としてその像を見上げる。
……いったい誰がこんな所にこんなものを建てたのだろうか
一つ言えることは狂気の所業だということだ。
そして今のおふみの心にまるで合致するかのような清々しさまで感じる。
おふみは怖いと感じる前に自然とその仏像に向かって手を合わせていた。
最早、ここまで来ておふみに恐怖の感情など無い。
やがておふみは明雲に言われた通り、数ヶ所ある燭台に火を灯すと再び仏像に向けて目を閉じ両手を合わせる。
「……お願い、渡し人さん
どうか私の願いを聞いて……」
不意に何処かから低い声が聞こえてきた。
「そこなる娘よ
我らはもうすでに其方のすぐ傍におる
顔を上げすぎるでないぞ」
跳ね上がる鼓動を抑えながらおふみはまんじりとも動かず、ゆっくりと目を開いた。
何者の姿も見えない。
声の主は仏像の裏か影にでも隠れているのだろうか。
声は洞穴に響き、どこから発されているのか分からない。
『渡し人たちの姿を見たら命は無いよ。気をつけな』
何れにせよ、その姿は見えないが確かに気配を感じながらおふみはじっと仏像の足元を見つめる。
そして低い声が再び洞穴に木霊する。
「さて、聞こうか
其方の用件を」




