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必殺・裏稼業  作者: Taylor raw
関本屋無惨
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十三

 菅四郎が峠を超え、おふみが勢二郎たちとドブ街に出掛けてから数日が経った。

 住まう宛のないおふみは秀庵たちの言葉に縋り、暫く兄の入院する診療所に住まわせてもらう事になった。


 おふみはこの間、更地となってしまった自邸を売り払うことを決めた。

 本来であれば三十両はするであろうその自邸は、なんとわずか五両の値しかつかなかった。

 おふみが耳にした所によると、関本屋の跡地は巷では「呪われた土地」との風評が広まっているそうだった。

 ……これも稲富の嫌がらせだろうか


『ここまでするの……?』


 悲嘆に暮れながらおふみはこの時気づく。


『……稲富がこの世にある限り自分たち兄妹に明日はない』


 きっと奴らの嫌がらせはおふみ達が在る限り永劫続くだろう。


 そして、おふみはあの日以来脳裏にこびりついて離れないあの言葉を思い返す。



 ──黒閻洞こくえんどう



 あれはお駒の戯言だろうか。

 しかし、何度か彼女に尋ね返してみたが「そんなこと言ったっけ?」といつもの笑顔ではぐらかされるばかりであった。


 彼女の言う通りあれは空耳であり、戯言だったのだろうか。

 しかし、おふみは思い返す。

 いつも軽い調子の彼女があの言葉を発した一瞬だけはこの世のものとは思えない何とも言えない表情をしていたことを……

 そしていつか店に来た客が戯れに語っていた貧民街に在るという誰も立ち寄ってはならないと言われる洞穴の話を思い出す。




 藁にも縋る思いでおふみは暇を見つけては診療所を抜け出し、ドブ街を彷徨い続けた。

 風態の悪い者たちが行き交うこの貧民街に一人で足を踏み入れた時、おふみは足が竦む思いだったが、それでも勇気を出して幾日か聞き込みを続けた。


 おふみのドブ街の旅路は困難なものとなった。

 冷やかしなら帰れとばかりに怪しい食料を並べる露天の親父には泥団子を投げつけられ、夜鷹らしい痩せた女に頬を叩かれ喚き散らかされたこともあった。

 怯えて萎えそうになりそうになる度に、布で覆った爛れた片頬を押さえながら心を奮い立たせおふみは何度もドブ街に足を運んだ。


 そして何日かの聞き込みの結果、断片的な情報を繋ぎ合わせて分かったことがある。

 貧民街の外れにはこの世の鬼を喰らう更なる地獄の鬼が棲まうという伝説がまことしやかにこの街の民たちの間で囁かれているようだった。





 浅く眠り続ける菅四郎の包帯を交え終わるとおふみは申し訳なさそうに秀庵に頭を下げる。


「すみません。暗くなるまでには戻りますので」


 おふみは今日もドブ街に出かけるつもりである。

 もう少しで黒閻洞こくえんどうについて何かわかりそうなのだ。

 明るい昼間のうちに出かけるように心がけているのだが、秀庵は心配そうにおふみを引き止める。


「おお、おふみさん。毎日どこへ行かれるのじゃ……

 出かけるなら勢さんかお駒を呼ぶから少し待ちなさい」


 おふみは頭を振り、秀庵の申し出を断る。

 ……きっと自分が探しているのは冥府魔道めいふまどうへの入り口だ

 彼らを巻き込むわけにはいかない。


「いえ、それには及びません。焼けた関本屋の後始末をしているだけで…… さほどの用ではありませんので」


 秀庵はおふみの固い意志を見てとり、諦めたように白い眉の端を下げる。


「……そうかい

 困ってるなら何でも相談するんじゃよ」


 おふみは深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」




 最早慣れてきたドブ街に辿り着いたおふみは今日は今まで足を伸ばしたことのない裏通りを行くことにした。

 おふみは暫く進み、怪しい干物を並べる店先の地べたに寝そべっている店主らしき男に声をかけてみる。


「あの、もし」


 襤褸をまとったその男は顔を上げおふみを無言で睨み返してきた。

 おふみは怯まずに言葉を紡ぎ続ける。


「つかぬことを伺いますがあなた様は黒閻洞こくえんどうという場所について、もしくは……」


 おふみは一息つき、そしていつものように意を決して先を続ける。


「渡し人と呼ばれる者たちについて何か知っておられないでしょうか?」


 男は一瞬ぽかんと口を開けると下卑た笑みを浮かべ立ち上がり、おふみへと近づいてきた。


「ああ、知っとるよ。よおく知っとる」


「本当ですか?」


 ところどころ歯の抜けた口が見えるほどに大きな嗤いを浮かべた男はおふみの手を取り店の奥へと引っ張っていこうとした。


「ああ、教えてやろう。だから少しこっちに来ようか」


 怪しい笑みを浮かべる店主にぐいぐいと腕を引っ張られおふみは危険を感じ抗議する。


「……あの、何をなされます

 金子なら払いますから黒閻洞こくえんどうの事について教えてください!」


 おふみの反発が強くなったと見るや、男は形相を変え更に力を強めてこちらへと引き込もうとする。


「ええい! 洒落臭い女だ! 黙ってこっちにこいよ!」


「きゃあぁぁぁぁ‼︎」


 おふみが悲鳴を上げたその時だった。

 飛んできた何かが男の鼻面にぶち当たり、店主は前のめりに倒れる。

 気を失った店主を後にしておふみはその場から駆け出した。






 ドブ街の片隅、おふみの行った後を遠くから見守る二つの影があった。

 影の一人はその手に持っていた拳大の石をひょいと放り上げその辺に転がす。


「やれやれ、世話の焼ける嬢ちゃんだぜ」


 もう一人の小さな影の方はため息をつきながら男の方を見上げた。


「根性あるね、おふみさん。これでドブ街に来るの何回目だろう……

 ねえ、勢さん、私歯痒いよ」


 影の一人、雨野勢二郎あめのせいじろうはまたかといった調子でもう一つの影、お駒の方へ振り返る。


「だからって、俺らが手を出すわけにもいかねえだろ。

 周防の爺さんたちに叱られたんだろ?

 死ぬとこだったんだぜ、お前」


「でも……」


 お駒は眉を顰めながらおふみの行く先を見つめる。

 二人は密かにおふみがドブ街に出向く度に後をつけていたのだった。


 勢二郎はドブ街の裏通りを見回す。

 襤褸を纏った出自不明の浮浪者や、親子揃って何の肉かわからない鍋を食っている者たち。

 ほとんど官憲の手の入らない無法地帯の奥の奥には渡し人への手掛かりがある。

 ……二人はその事をよく分かっていた


 勢二郎は先ほどのした店主の腹を軽く蹴り上げ呟くように言った。


「あいつは辿り着くよ。俺らに」






「……うう、怖いよ兄さん」


 おふみは息を切らせ、涙を拭いながら外れの河原でへたり込む。

 暫く休むと腰を上げ、チロチロと流れる小川を見つめおふみは己を鼓舞した。


「でも頑張らないと……

 せっかくここまで来たんだから」


 そうするとおふみの背後から女の声がした。


「もし、お嬢ちゃん」


 振り返ると黒い着物と頭巾を被った女がこちらを見つめていた。

 顔はよく見えないが、微笑みを浮かべたその女はおふみの側まで来ると笑みの含んだ声で言った。


「黒閻洞への行き方を探してるんだろ?」


「……どうして」


 心中を読めるのかとおふみが驚いていると女はその黒い瞳でおふみの目をじっと覗き込んでくる。


「わかるさ。みんなあんたみたいな顔してんだよ。

 追い込まれてこんなドブみたいな街の与太話なんかに頼ろうって連中は」


 そして踵を返すとおふみに背を向けて歩き出す。


「私もあんたと同じさ。渡し人に憎い奴らを斬ってもらったことがあるのさ。

 教えてやるよ、黒閻洞への行き方を」


 女は振り返りおふみに手招きをした。

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