十
日が沈み、薄暗闇の病室の床に泣き崩れるおふみの背をお駒と朋恵が手でさすりながら慰める。
「おふみさん……」
「……うっ、うう」
たった一人残った肉親の惨状におふみは涙を流しながら悲嘆に暮れる。
……無理もなかった
何しろここ数日おふみにとって色々な事があり過ぎたのだ。
かける言葉もなく二人の娘がおふみを慰めていると、カラカラと歯車の回るような音が聞こえやがて病室の戸が開いた。
二人が灯りの漏れる戸の方を見遣るといつの間に部屋の外に出て戻ってきたのか医者の秀庵に続いて、秀庵お手製の車椅子を押す勢二郎がこちらにやってきた。
車椅子には何も表情を浮かべない虚ろな瞳をした娘が乗っていた。
お駒は驚いたようにその娘の顔と勢二郎の方を見上げる。
「勢さん……? と、お千代さん?」
勢二郎がこういう風にお千代を人前に出すことは珍しい。
おふみも何事かと顔を上げ近づいてくる勢二郎と娘の方を見遣る。
勢二郎はおふみの前で車椅子を止めるとじっとおふみの目を見つめた。
「よお、おふみとかいう女。これは俺の妹のお千代だ。
ここでずっと世話になってる。
ある事情で父親と母親、そして許嫁を殺されてからこうなっちまってな」
「……」
さらっととんでもない過去を事もなげに言う勢二郎に驚きながらおふみは、お千代と呼ばれたその娘を見つめた。
歳の頃は自分と同じくらいか。
服も綺麗なものを着せてもらっていて、まるでお人形のようにその顔立ちは整っているがこちらを見ているのかいないのか一切の反応を示そうとしない。
勢二郎は少し車椅子を押すとまた淡々と話を続ける。
「二年前からずっとこうだ。千代は話すことも出来ないし、こちらから聞こえてるのかもわからねえ。
飯も馴れたモンからの手からじゃないと食べようともしねえ」
そしてお千代の顔からおふみの目へと視線を戻す。
「あんたは違うだろ。まだましな方さ。どんなに辛くても生きてくしかねえ。兄貴が起きた時にあんたがしっかりしてなくてどうすんだ」
静かな口調ながら突き刺さるその言葉におふみは俯きながら涙をこぼす。
「……でも」
その時、お千代が車椅子からふらふらと立ち上がりながらおふみの方へと歩き始めた。
相変わらず無表情なままであるが小さく呟くような言語を発しながらその小さな白い手を伸ばす。
「……うー……あー」
「お千代……?」
勢二郎は慌ててお千代の肩を掴み態勢を立て直す。
おふみは驚きながらも立ち上がり伸ばされたお千代の手を掴んだ。
細くて柔らかいが、しかし温かい手だった。
おふみは思わず笑顔を浮かべる。
「……お千代さんというの。私はおふみと言います。よろしくね」
「……うー」
千代は小さな力でおふみのその手を握り返してくるようであった。
勢二郎は二人の娘のその様子を見つめながら薄笑みを浮かべる。
「珍しいな、千代が初対面のモンに心を開くなんて」
そしていつの間に取り出したのかお千代がそっと何かをおふみへと手渡した。
おふみが手渡されたものを見てみるとそれは小さな御守りだった。
「お千代さん…… もしかして私にくれるの? ……いいんでしょうか?」
勢二郎はもちろん、という風に頷く。
「ああ…… 貰ってやってくれ。こないだ寺に一緒に行った時に俺が買ってやったやつだ。
お守りくらい何度でも買えばいい」
そしてお千代の穏やかな顔を見ながら車椅子に戻すとおふみの方を振り向いた。
「なあ、おふみさん。ここにいる間、気が向いた時でいい。お千代の相手してやってくれよ」
おふみは笑みを浮かべながら首を縦に振った。
「……はい、私でよければ喜んで」




