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姫様はゴキブリプレイがお好き?

 だが、瞬間、テコイの剣が止まった。

 そして、それを見つめていたヒイロの時間もピタリと止まっていた。

 ――えっなんで?

 今のヒイロには、この言葉を思い浮かべるのが精いっぱい。


 止まったテコイの剣先が、振り向くアリエーヌの横顔に一本の影を落としていた。

「やるならワラワをやるのじゃ!」

 長いまつげが小刻みに震え光を散らす。

 気絶するマーカスたんをその身で守るかのように覆いかぶさるアリエーヌ。

 中等部の頃より一回り大きく成長した胸がマーカスたんの頬に強く押し付けられていた。


 そう、テコイの剣が振り下ろされた瞬間、咄嗟にアリエーヌが飛び込んだのだ。

 白きコスチュームをまとった体がマーカスたんを瞬時に覆う。

 だが、その朱雀のコスチュームはヒイロと離れて幾久しい。

 今や弱りきった力では、刺客のたかが剣すら防げない。

 そんなアリエーヌが、テコイの一撃を受ければ当然、命はないだろう。

 そんなことはアリエーヌ自身が一番よく分かっていた。

 その証拠にマーカスたんを抱きかかえる細き指先は、その肩に固く食い込み小刻みに震え続けているのである。


 だが、体が反射的に動いてしまったのだ。

 愛する人のためならば自分の命など惜しくはない。

 いや、そんな事すら考える時間はなかったかもしれない。

 ただただ、マーカスを守りたい。

 その一心のみの行動であった。


 剣の下で震えながらもテコイを睨み上げるアリエーヌの瞳は凛として美しい。

 そこには、自分の命を投げ出してでも絶対にマーカスを守るという信念。

 いや、もはや果てる時は伴に行こうという意気込みすら感じられた。


 このアリエーヌの行動はヒイロの心に直撃した。

 それはまるで上空から降り注ぐ貫通魚雷。

 軽薄さという外壁装甲をいとも簡単に貫通し、数ある心理隔壁をも打ち抜いた。

 そして、それは最深部へと落ちていく。

 今や、男ならだれしも有している提灯庫(ちょうチンコ)へと到達しようとしていた。

 警報を鳴らすヒイロの脳内で赤色光に照らし出された女性オペレータが泣き叫ぶ。

「直撃きます!」

「うぬぬぬぅぅ……」

 苦虫をつぶす艦長の頭上で赤提灯が揺れていた。

 って、ココは居酒屋か!


 ――アリエーヌ……そこまで……

 先ほどまでヒイロの中にそそり立っていた希望の砲台が、その一撃で消し飛んだ。

 よほどの精神的ダメージ……

 既にHPは0になろうとしていた。

 ズボンの中で膨らんでいたはずの小さな大砲も完全に沈黙。

 ……いや、もうすでに煙を吐いた後だったかな?

 その証拠に口からは白き体液を吐き出して力なくうなだれていた。

 白き体液ってヨダレの事? しらねぇよ!

 まざまざと見せつけられる自己犠牲の愛。


 ――やっぱりアリエーヌはマーカスのことが好きだったのか……

 悔しいがこの姿を見れば受け入れざるを得ない。

 ヒイロは、魔王討伐の時でさえアリエーヌに一度もかばってもらったことがないのである。

 だが、そんなアリエーヌがマーカスたんを必死にかばっているのだ。


 ――あんな変態野郎なのに……あんな変態野郎なのに……アリエーヌは変態野郎が好きなのか……

 口惜しさと敗北感がこみあげる。


 ――アイツはきっと、ゴキブリプレイが好みだったんだ……

 心のざわめきを納得させるための言い訳を、いろいろ必死で考える。

 アリエーヌの事を口汚く罵ってみるが、このヒリヒリとした痛さは落ち着かない。


 ――だが、アリエーヌが好きと言うのであれば……


 テコイの目の前にいるのは仮にも第七王女である。

 振り下ろす剣が止まるのも無理からぬこと。

 だが、テコイは再度剣を振り上げた。

 既に自分の体は人間とは程遠い姿をしている。

 今更、キサラ王国の王女が権威を振りかざしたところで、自分には関係のないことだ。

 なら、目の前にいる女はただの障害でしかない。

「邪魔だ! お前もろともマーカスを切る!」

 テコイは、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。


 その様子を指の間からのぞいていたドグスは再び悲鳴を上げた。

「きゃぁぁぁぁ! マーカスたん!」

 アリエーヌの存在を前にして、一瞬止まったテコイの剣。

 もしかしたら助かったのではとも思いもした。

 だが、再び剣が振り下ろされる。

 しかも、先ほどよりも勢いを込めて。

 ――もう……あかん!

 どうやら今度は本当に目をつぶったようである。


 アリエーヌもまた、目をつぶった。

 マーカスたんを抱く手に力がこもる。

 ――マーカスのためならこの命など惜しくなんかないのじゃ!

 愛するマーカスと伴に逝くのであれば、それは本望。

 だが、迫りくる死。

 いくら覚悟していたとしても、その恐怖は別物である。

 固くかみしめた唇が震えた。


 バキン!


 激しい音共にアリエーヌの体に衝撃が走った。

 直後、転がるアリエーヌ。

 その顔に生暖かいものが降り注ぐ。

 鼻につく鉄の嫌な臭い。

 その正体が血であることは、目を閉じていてもはっきりと分かった。



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