首が飛ぶ(3)
そのステージの様子に刺客はすぐさま叫んだ。
「動くな! こいつの首がすっ飛ぶぞ!」
マーカスたんの首から一筋の赤き線が垂れ落ちる。
「ぎいややかぁぁぁあぁぁおあ!!!!!」
マーカスたんが大声を上げたかと思うと、その痛さで気絶した。
その声に剣を立てる刺客自身もめちゃくちゃ驚いた。
というのも、ほんの少しだけ切っただけですよ。ほんの少し。
ドグスも悲鳴を上げた。
「ぎいややかぁぁぁあぁぁおあ!!!!! マーカスたぁぁぁぁぁぁん!」
ドグスの肉まんのような顔が、バナナのように伸びたかと思うと。
「お前ら動くな! 一歩も動くな! 息もするな! うちのマーカスたんが殺されるぅぅ!」
半狂乱のごとく吠えた。
だるまさんが転んだ! と言われたかのように、ピタリと動きを止める守備兵たち。
だが、このままジイッとしていてはどうすることもできない。
刺客は、気絶したマーカスを引きずりアリエーヌに近づこうとするが、力の抜けたマーカスたんは意外に重い。
「アリエーヌ姫、マーカスの命が惜しければ、こちらに来てもらおう」
「この! 卑怯者が!」
刺客を睨みつけるアリエーヌは、唇をかみしめる。
だが、マーカスは自分たちを救ってくれた恩人でもある。
いや、この国を守ってくれた救世主だ。
そのマーカスの命が危ない。
自分の命でマーカスを救えるのならば安いもの。
アリエーヌは小さくうなずくと、抱えるオバラをその場に座らせて、ゆっくりと歩き始めた。
「行くな! アリエーヌ……姫……さま」
アリエーヌの背後から声がした。
ピタリと足が止まったアリエーヌが振り返ると、潜水帽の変態が偉そうに腰に手を当てていた。
マーカスが捕らえられているこの状況に、どう対処したらいいのか分からなかったアリエーヌの体は小さく震えていた。
まさにアリエーヌの心は、一人ぼっちでお留守番する幼い子供のように膝を抱えてうずくまる。
「俺に任せておけ!」
そんなアリエーヌの心を大きな手が優しく包み込む。
安心して身を任せられるようなこの安堵感。
まさに転変地変! どんな災害でも駆けつける、どこぞの国の自衛〇!
じゃなかった、まさに、父親から発せられるかのような頼りがいのある声。
まぁ、アリエーヌ自身、今までの人生で、このような言葉を父親であるコラコマッティア=ヘンダーゾン国王からかけられたことはなかったのだが。
――何なんじゃ……この安心感は?
いつしかアリエーヌの目には涙が浮かんでいた。
いら立ちを覚える刺客。
「何をしている! アリエーヌ姫! こっちに来ィっっとぉぎゃぁうぉぉぉスッ!」
瞬間、刺客の顔が悶絶の表情を浮かべて宙に飛び上がった。
それはもう、ものすごい勢いで! ジェット機のごとく!
その背後では、両翼を重ねて天に突き上げるペンギンの姿。
――秘技! 黒翼貫鳥! 飛ばせねぇペンギンはただの豚男優だ……であリンス!
まさにペンギンの両翼が刺客の肛門を貫いていたのである。
突然の責めに刺客の意識は飛んだ。
――あは~ん
刺客の腕から離れたマーカスたんが、ばたりとステージに倒れおちた。
アリエーヌが、咄嗟にマーカスに駆け寄ろうとする。
しかし、アリエーヌの手を誰かが掴みとった。
無理やり引き寄せられるアリエーヌの体。
「姫様……お命ちょうだい!」
刺客たち二人である。
ヒイロが2回目に回した鎖でひっくり返っていた奴が、アリエーヌの手を握っていたのだ。
そして、もう一人の刺客の手に握られた剣が、引き寄せたアリエーヌの心臓にめがけて突き落とされる。
「ぎいやぁあぁぁ!」
「いてぇぇぇ!」
この世のものとは思えない悲鳴が上がった。
まぁ、絶命するときはそんなものかもしれない。
だが、その声はアリエーヌのものではない。
そう、また、二人の刺客たちの声だった。
刺客たちは、顔面を押さえ叫び声をあげていた。
刺客の鼻には子犬が噛みつき、もう一つの顔を子猫がひっかく。
だがしかし、剣先の行く先は少し方向を変えただけ。
いまだその勢いは衰えず、アリエーヌのコスチュームを貫いていた。
本来であれば、このコスチューム、朱雀や玄武の加護を受けている。
そのため、刺客の剣撃ぐらいでは破れない。
だが、朱雀たちもまた、ヒイロから離れて久しい。
その力もかなり弱まっていた。
剣先によって、アリエーヌの肌に小さき赤き点が描かれた。
その刹那、アリエーヌの表情に痛みが走る。




