ヒドラ討伐(3)
森の奥に進んでいくと先ほどまでの風景と打って変わって、目まぐるしく変わった。
青々と茂っていた森の緑が、どんどんと黄色を帯びていく。
そして、ついには枯れ木のみが立ち並んでいた。
そんなゾンビのような木々の間から洞窟の黒い闇がのぞく。
まるで5人を待ち構えるかのように大きく口を開けていた。
その洞窟に近づけば近づくほど寒気が5人を襲う。
先ほどまで笑い顔を浮かべていたテコイたちであったが、さすがにそのよどんだ空気に気が付いた。
鳥肌が立つような感覚。
日が出ているにも関わらず体中に寒さが襲う。
シーンと静まり返る森の中。
すでに鳥の声すらしなくなっていた。
周りには生きているものの気配すらしない……
まるで死の世界のようである。
テコイの足先に何かが当たった。
ふと下を見る。
そこには鳥の死骸が落ちていた。
よくよく目を凝らしてみてみると、いたるところに落ちている。
しかも、それは鳥だけではない、シカや猿も落ちている。
サルなどは、白目をむいて喉をかきむしり泡を吹いていた。
まるで、毒でも吸ったかのようである。
すると、目の前にある洞穴の口から紫色の霧が流れ出してきた。
その流れは、本当に徐々に徐々に、僅かであった。
ほんの少しずつ漏れ出るかのように紫の霧が吹きこぼれていた。
その様子を眺めていた5人。
ムツキの持つ花束が、見る見るうちに色を失った。
そして、褐色となった花が、だらんとたれる。
その様子を見たテコイ。
「あれは毒の霧だ! 気を付けろ!」
とっさに後ろに下がる【強欲の猪突軍団】の四人。
しかし、馬に乗るマーカスは後れを取った。
馬が思うように反転しなかったのだ。
その瞬間、まるで洞穴のふたでも外れたかのように、紫の霧がドバっと押し出されてきた。
大波のような霧に、あっという間に飲まれるマーカス。
馬が暴れもがき苦しむ。
悲鳴を上げて立ち上がる馬の背からマーカスが落ちた。
馬の足元に広がる毒の水面へまっしぐら。
マーカスの体が紫の海に沈んだ。
「マーカスの旦那!」
テコイは叫んだ。
マーカスが死んでは、残る報酬の半金がもらえない。
確かに半金の条件はヒドラ討伐を果たすことなのだが、まぁ、当然、マーカスを無事連れて帰ることも含まれているのではある。
だがさすがに聖戦を生き抜いた英雄様の事である、そんなに簡単にはくたばらないと思っていたのにもかかわらず、瞬殺ですよ! これが!
さすがにテコイは焦った。
マーカスを救いに行かねば!
仮にヒドラを倒したとしても、報酬は1ゼニーも貰えない。
だが、目の前は霧の海。
紫色の水面が広がっている。
むやみに突っ込むわけにはいかない。
そんな時、
「ひやっぁはは!」
狂った笑い声とともに目の前の霧がまき散らされた。
マーカスが霧の中から飛び出してきたのだ。
その口には、食べきれないぐらいの毒消しが詰め込められていた。
それも、超高級品の毒消しである。
一個100ゼニーはしようかと思う毒消しが、口の中に10個ほど。
ということは、有名アイドル【イーヤ=ミーナ】の指定席チケット10枚ほどが口の中に入っているってことである。
さすがに食べきれないのか、マーカスは毒消しを吐き出した。
食べくさしの毒消しが、テコイの足元に転がった。
マジでもったいない。こんな高級毒消しを……もったいお化けが出るぞ!
だが、テコイは安心した。
無事でよかったよ旦那……マジで秒で死んだかと思いましたよ……
テコイの足にしがみつき見上げるマーカス
ひっ!
テコイの顔は引きつった。