帰ってきたチョコットクルクルクルセイダーズ(1)
しかし、そんなマーカスたんは、オバラの背後にピンと張られた鎖を楽し気に足で押し込んでいた。
いまから、肉の車輪を転がす練習でもしているかのようである。
鎖がくの字に曲がるたびに、オバラの体が弓のようにしなった。
頑なに抵抗を続けるオバラの口であったが、その度にうめき声が漏れ落ちる。
体の痛みが、現実なのだとオバラに突き付ける。
気丈夫なオバラであったが、さすがに恐怖が込み上げてきた。
ボヤヤンの代わりに首を切れと言っては見たが、この状況はやっぱり違う。
首を切られるのと違って、この状態では簡単には死ねない。
腕と胸を失ったぐらいでは、即死にはならないのだ。
おそらく、さんざんいたぶられたのちに、背骨を折られ鎖で首を絞められて殺される。
一体どれだけの時間を痛みに耐えないといけないのであろうか。
ひとおもいに首をはねてくれれば……
だが、もう、遅い……
なぜなら、ミーアの曲が始まったのだ。
「だれか……助けて……」
小さく呟やくオバラの目から涙がこぼれた。
先ほど流れた前奏が、もう一度スピーカから流れ出す。
ミーナは、恐怖にひきつるオバラから目を背けた。
マイクを持つミーナは自分に言い聞かせるのだ。
――関係ない……関係ない……私には関係ない……私には私の人生があるの……
そんなミーナは、懸命に歌う。
その歌は、先ほど倉庫で歌った歌。
ヒイロが涙した歌である。
その歌声に呆然自失となるアリエーヌ。
オバラの異常な状況にすでに戦意を喪失しているところに、この歌である。
――こんなのに勝てるわけないのじゃ……
今更ながら、後悔した。
ミーナと言うアイドル、顔と胸だけかと思っていたがとんでもない。
この歌唱力、そして、心をえぐるその想い。
灰色だった世界に、鮮やかな花が咲くような音調。
アリエーヌの目から、いつしか涙が流れていた。
ミーナの歌が終わる。
――無理なのじゃ……
ステージの上で立ち尽くすアリエーヌ。
「あれあれ? アリエーヌたんは僕ちんの事をあきらめちゃうのかなぁ?」
タクワンをかじり終わったマーカスたんは、体を真横に反りながらアリエーヌの肩を左右の人差し指でトントンと叩く。
そのたびに、アリエーヌの白いコスチュームにタクワンの汁の黄色い点が描かれた。
殴りたくなるほど腹立たしい。
アリエーヌは唇をギュッとかみしめる。
こんな異常な状況。
自分の心が間違っていると声を上げているのに、その叫び声すらマーカスのためと思い飲み込んだのだ。
全ては、マーカスのため。
いや違う。
マーカスに振り向いてもらうためなのだ。
もう一度、あのマーカスの笑顔を見たい。
――でも、マーカスの心をあきらめると言うの……
ココで敗北を認めるという事は、マーカスをあきらめるという事に他ならない。
それどころか、マーカスから言われた、自分の国民を守るという約束すら破ったことに他ならないのである。
そんな自分に何が残ると言うのであろうか。
キサラ王国の王女としての地位だけか。
それが、一体何の意味があるのだろうか。
また、騎士養成学校に入学する前のようにただたんに嫌われる存在に戻れと言うのか。
誰かに愛されたい……
マーカスに愛されたい……
マーカスだけには愛されたい……
――イヤ!
会場の雰囲気に勝利を確信したミーナが、余裕の笑顔でマイクを向ける。
「さぁ! 今度は姫様の番よ!」
だが、アリエーヌの体はマイクを受け取ることを拒絶した。
今、マイクを受け取れば、確実に負ける。
アリエーヌの本能が負けを理解しているのだ。
後ずさるアリエーヌ。
ステージの下から女たちの声がした。
「アリエーヌ負けるな!」
「ウチらもおるやさかいな!」
「3.141592……」
白色のドレスに大剣を背負う女が、タクワンをふる親衛隊を数人掴むとステージの前に放り投げ一つの山を作った。
青のドレスの女は、さも当然かのように山となった親衛隊を踏みつけてステージに昇る。
その後を、恐る恐る緑のドレスの女も付き従った。
最後に、勢いよく白いドレスの女がステージに駆け上ると、親衛隊の山はついにつぶれて地面に転がった。




