漢ボヤヤン!(2)
オバラは先ほどから膝を抱えて一切動かない。
しかし、盗賊のオバラである、ボヤヤンの首に巻かれた封魔の首飾りの意味は分かっているはずなのだ。
それでも聞いてくるということは、何かあるのだろうか。
ボヤヤンはくぎを刺す。
「オバラはん……一人だけ逃げたいなんて思とんとちゃいますの」
しかし、オバラは何も答えない。
――やっぱりか……
そう思うボヤヤンは、また、目の前のネズミたちを威嚇し始めた。
だが、そんなボヤヤンの背後から、今にも消えそうなか細い声が聞こえてきた。
「謝りたいんだ……ヒイロに……」
ボヤヤンは何も言わずに、もう一度オバラのほうを伺った。
膝を抱き顔をうずめているオバラが小さく震えている。
泣いているのだろうか?
だが、オバラは女盗賊、嘘をつくのは十八番である。
「死ぬ前にヒイロに謝って……心だけはきれいになって死にたいんだ……」
ボヤヤンは、回復魔法で引っ付いた下唇をかみしめる。
――やっぱり……ヒイロはんですか……
ボヤヤンは、オバラがヒイロを好きなことを知っていた。
オバラ自身でさえ気づいていなかった心の奥底に潜む、この感情。
だれよりも近くでオバラの事を見つめ続けてきたボヤヤンは気づいていたのだ。
だが、死を直前としたこの状況で、オバラの口からそのことを告げられると、悔しさがこみあげてくる。
だが、これはオバラの偽りのない心。
ボヤヤンには分かるのだ。
「オバラはん……ヒイロはんに謝ったらどうするおつもりで……」
ヒイロに頭を下げれば、おそらく、あのお人よしの事である、オバラを許してくれるだろう。
なら、そのまま二人で逃げるということもできる。
オバラはぱっと頭を上げる。
いつものオバラらしからぬ、弱々しい表情。
その目からは、涙があふれて頬を濡らしていた。
「必ずココに帰ってくるよ! そして、アタイが一番に首をはねられてやるよ!」
ボヤヤンはそのオバラの目をじーっと見つめる。
オバラのこんなきれいな瞳はめったに見たことがない。
おそらく、本気で思っているのだろう。
だが、ボヤヤンはつぶやく。
「信用できまへんな……」
オバラが本気で言っていると分かったからこそ、信じたくなかったのだ。
ヒイロのために自分の命を投げ出すと言っていることに。
――許せない……
オバラは、いつもそばにいた自分を差し置いて、オバラ自身が気づかぬうちにヒイロにばかりに優しい視線を向けていたのだ。
自分に対しては、そんな優しいまなざしを向けてくれたことは一度もなかった。
早い話、オバラにとって自分は、どうでもいい男なのである。
そう思うと、だんだんと腹立たしくなる。
オバラの言い分をボヤヤンの頭が信用しても、心が拒絶するのだ。
オバラは、クビにかかる金のロケットペンダントを外すと、それをボヤヤンに差し出した。
このペンダントは、この牢屋に入れられる際に一度は服や装備同様に取り上げられようとしていた。
しかし、そのペンダントに触れたとたん、半狂乱になったオバラ。
看守の男三人がかりでも押さえるのやっとの暴れ具合である。
どうせ、この三人は三日のうちには死体になるのだ。
そう思うと看守たちは、途端に面倒くさくなって、ペンダントをそのままにオバラを牢屋に放り込んだのだ。
だが、ボヤヤンはこの金のロケットペンダントことを知っていた。
常にオバラが肌身離さず持っていたことを知っていた。
テコイが、ダサいロケットペンダントと言って、それをバカにした時、半狂乱になりながらテコイの首にナイフを突きつけたのを見ていた。
それ以来、ビビったテコイはそのペンダントの事を口にもしなくなった。
時折、誰もいない自分の部屋の中でそのロケットペンダント見つめるオバラ。
その時のオバラの顔はとても女盗賊とは思えないほど、優しい顔だった。
そして、ボヤヤンはそんなオバラをドアの陰から盗み見していたのだ。




