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どうするテコイ(2)

 カウンターのバーテンが磨いているグラスを置くと、いそいそとテコイの注文の料理を調理を始めた。

 その様子をイライラと見るテコイ。

 先ほどから、貧乏ゆすりで椅子がカタカタと揺れている。


 そんなテコイの前に、一つの影が立ちふさがった。

 その影は、先ほどまでカウンターに座っていたローブの男のものである。

 ローブの中からのぞく、金色の目がテコイを静かに見下していた。

 その鋭く冷たい眼光にひるむテコイ。

 だが、ここはテコイのホームグランドだ。

 なめられるわけにはいかない。

 手足のないテコイは、椅子の上で強がった。

「な・なんだ! お・俺になにか用があるのか!」


 ローブの男は何も言わずに、テコイの前の椅子を引くと、ドカッと座った。

 足を組み、腕を組んでふんぞり返る。

 ただじーっと目の前のテコイを睨んでいるのみ。

 その様子に、少々恐怖したテコイは、言葉をつづけた。

 かろうじて残った額の肉から脂汗がしたたり落ちている。

「だから! 何の用だと聞いているんだ!」


 ローブの男はつぶやいた。

「傷口は……ぢ癒魔法のみか……」

 王国の回復術師たちの懸命な回復魔法のおかげで、テコイの手足の傷口は完全にふさがれていた。

 傷そのものの痛みも取れてはいるが、元の状態には復元していない。

 それが、回復魔法の限界なのである。

 ローブの男は、その様子を観察したのだろう。

「なんだと! て・てめぇ! 俺様に喧嘩を売っているのか!」

「お前たち、不死身ではなかったのか?」

「俺たちは不死身だ!」

「お前の意見などどうでもいい……不死身の噂……ダメージ転嫁はガセだったのか……」

「これは、あの裏切り者が仕組んだことだ!」

「あの裏切り者というのはヒイロの事か……」

 ローブの男の言葉にテコイは驚いた。

 なんでヒイロの名前を知っているのだ、こいつ。

 男は続ける。

「ずっと、あのヒイロという男を観察していたが、前任者たちの姿が見えない……てっきり、あのヒイロという男が、前任者たちをたぶらかして外の世界に連れだしたものだと思っていたのだが……やはり、マーカスのほうか……」

「何をブツブツ言っている! 用がないなら向こうに行け!」

 ローブの男は、何か思いついたようにテーブルの上に身を乗り出した。

「お前、その体、元に戻したいと思わんか?」

 テコイの目がとまった。

 コイツは、今、なんといったんだ?

 男は、再び、テコイに問うた。

「なぁ、ブタぁ……もういぢ度だけ聞く、お前、失われた体の部分を取り戻したいと思わないか?」

 テコイは、何も発せずに首をブンブンと縦に振った。

 それは、もうロックバンドのヘッドバンキングのように激しく続く。

「そうか。なら一つ条件がある……」

「もう、この体が戻るのなら、何でも致します! 兄貴!」

先ほどまでの威勢はどこに行ったのやら。

テコイは卑屈なまでに、黒いローブの男に媚びた。

男は、失った体の組織を取り戻せるという。

取り戻せるというのは復元を意味しているのだろうか?

一体、そんな事、どうやってやるのかテコイには想像がつかなかった。

まして、男が言っていることが、嘘か本当かも分からなかった。

だが、もう、体組織が戻らなくとも、義手や義足で十分だった。

歩くたびに骨を通じてうめくような鈍痛が襲う現状よりかは、マシになるはずなのだ。

なら、この男に、従ったふりをして、体だけ直してもらうというのもありではないか。

黒ローブの男は、そんなテコイの様子を見ながら不敵に微笑む。

「英雄マーカスを殺せ!」

へっ?

 その言葉に、完全にテコイが固まった。

 何と言ったのだ……

 マーカスを殺せと言ったような気がしたのだが……間違いか?

「えっ……英雄マーカスをですか?」

念のために聞き直すテコイ。

「そうだ、おそらく、マーカスが死にかければ前任者が救いに現れるはずだ。英雄が怖いか?」

 テコイは思い出す。

 ヒドラを前にしてションベンをちびっていたマーカスを。

 あんなヘタレであれば、3回殺してもおつりがくる。

 そんな条件でいいのであればお安い御用だ。

「ちょうど、ドグスのババアにも仕返ししたかったところですし、喜んでお引き受けいたしますよ。兄貴!」

「そうか……だが、俺を裏切れば、お前という存在はこの世から消えるぞ」

 そういい終わると、ローブの男は、テコイの額に右手を押し当てた。

 一瞬その手のひらが光ると、モワモワと黒い霧がその手のひらから滲みだした。

 黒い霧はテコイの頬を伝い、足元へと流れ落ちていく。

 たちまちテコイの体を黒い霧が包み込む。

 すると、欠損した傷口の先などからブクブクという音ともに泡が立ち始めると、何やら血生臭い匂いが周囲に広がる。

 その霧の中から発せられるテコイのうめき声とも、唸り声とも分からぬ低い声が、静かな酒場の店内に響いていた。

 黒い霧の中で、ゆっくりと無くなったはずの手足の影が伸びていくのが分かる。

 そんな異様の光景が、テコイのテーブルで続いていた。

 だが、ここは人の気のない不人気の酒場。

 そんな状況を恐怖して声を上げる者などいなかった。


 えっ?

 店主であるバーテンがいるだろうって?

 そう、バーテンは、咄嗟にカウンターを飛び出していたのだ。


 そして、テコイの元へと駆けつける。

 よほど日ごろテコイにいじめられているのにである。

 汗を垂らした緊張の様子。

 そして、テーブルのそばに立ったと思ったら勢い良く手を伸ばす。

「ご注文の品はお揃いでしょうか?」

 テコイたちのテーブルに、チキンが山盛りになった一つの皿とビールがなみなみとつがれたジョッキが置かれていた。


 バーテンはそういい終わると、そそくさとカウンター内に戻り、何事もなかったかのようにグラスを磨き始めた。



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