いきなりアリエーヌ(4)
そして話は、ヒドラ討伐の翌朝に戻る。
マーカスの元に見舞いに行く準備ができたアリエーヌは、自室のドアを勢い良く開けると、廊下をドカドカと走る。
確かに衣装と美貌だけは確かにレディだが、そのスカートを掴みあげて走る様子、表情はとてもレディのものとは程遠かった。
体が跳ねるたびに銀色の長髪が波打つ。
しかし、アリエーヌが廊下を曲がったとたんに、その銀髪は急にスピードを落とした。
先ほどまでの勢いとは異なって廊下をそそくさと歩くアリエーヌ。
廊下の先では、二人の男たちが一つの大きなドアに耳をつけて中の様子を伺っているのが見えた。
アリエーヌは、その男たちの前で、膝を曲げ頭を垂れた。
「コリナンダーお兄様、スットコビッチお兄様、おはようなのじゃ」
この二人は【コリナンダー=ヘンダーゾン】第2王子と【スットコビッチ=ヘンダーゾン】第3王子である。
コリナンダーは、慌てた様子で耳をつけていたドアからその小太りの体をぱっと離した。
鶏のような金髪のモヒカンカットがさらりと揺れる。
「おぉ、驚いたス! これはアリエーヌではないスか!」
驚いた様子を隠せないようで、鶏の顎の下についたにくぜんのような大きく垂れた頬がプルプルと震えていた。
もう一人のスットコビッチは、ガリガリのもやしのような体格。七三分けの金色の髪形を気にしながら、眼鏡の真ん中を中指で押し上げる。
「ア・アリエーヌ。こんなところで何をしているんだモシ?」
懸命に取り繕っているが、眼鏡の奥の青い目玉が挙動不審のようにきょろきょろと動く。
もう二人とも焦っている様子は丸わかりである。
だがアリエーヌはそんなことにお構いなしで頭を上げると、二人に微笑んだ。
「これから、お父様に朝の挨拶をしてから、ワラワはマーカス様のお見舞いに行くのじゃ」
二人は顔を見合わせるとホッとした表情を浮かべた。
「そうスか、そうスか、これからマーカスの元へ行くのスか、聞いておるっス、ヒドラ討伐は大変だったようだなス」
「あの英雄マーカスと呼ばれた男が、ヒドラごときで後れを取るとは、少し油断をしていたのかなモシ」
バカにするような笑みを浮かべる二人の言葉にアリエーヌは答えこともなく、先ほどまでこの二人が耳を押し付けていたドアをバンと押し開けた。
その部屋の中には中庭を望む大きな窓を背に二人の男が立っていた。
【エコイツ=ヘンダーゾン】第1王子とキサラ王国【コラコマッティア=ヘンダーゾン】国王であった。
二人は突然空いたドアにびっくりした様子。
そこには偉そうにドアを開け放ったアリエーヌと、素早くドアの陰に隠れた二人の王子の姿があった。
エコイツはにこっと微笑む。
「どうしたんだい? アリエーヌ?」
涼やかな音色の声である。
まぁ、見た目も涼やかな男なのである。
線が細いがすらりとした好青年、金髪の短髪、長いまつげを持った切れ長の目でありながらその青色の眼光は異様に鋭い。
エコイツは、第一王子というだけあって次期国王と噂されている人物である。
まぁ、キサラ王国の国民も、次期国王がエコイツ王子であれば納得している。
それが、先ほどのコリナンダー第二王子や、スットコビッチ第三王子が王位を継承するとなるとキサラ王国の未来は、本当に大丈夫なのだろうかと不安視する声が上がることは間違いない。
だが、問題は、エコイツ第一王子は病弱という噂だったのだ。
いつも、自室にこもって出てこない。
自室にこもって本を読み漁っているのだ。
よほどの政務でない限り、国民の前に姿を現さないのである。
このように、どうしても健康不安があると、エコイツ第一王子の体は、国王の責任に堪えられるのだろうかといらぬ噂も流れるのである。
そんな時に、新たな希望が国民たちの間に生まれたのだ。
それが、アリエーヌ第七王女である。
騎士養成学校中等部の身でありながら、魔王を打倒す。
今だ、モンスターはすべて消えたというわけではないが、人前に現れることはとんと少なくなった。
人がモンスターに襲われたという話は、ここ数か月聞いたことがない。
そんな国民に安寧と平和をもたらしたアリエーヌが、魔王を打倒したという英雄マーカスと婚約したのである。
ならば、次期国王は、このアリエーヌとマーカスでいいのではないかなどという、あらぬうわさが、国民の中で広がっていた。
そして、今ではそれがもう、一つの噂ではなく、既成事実として語られ始めていた。
だが、国王は、その噂を問題視していた。
キサラ王国の安定のためには、王位の継承でトラブルは避けたい。
ならばこそ、第一王子のエコイツに家督を譲るのが筋なのだ。
だが、今、エコイツ自身の口から、驚くべき話がされていた最中なのであった。
エコイツも国民たちの噂については知っていた。
いまや飛ぶ鳥も落とす勢いの人気者、アリエーヌとマーカスである。
国民たちの熱い視線はこの二人に注がれているというのは言うまでもない。
エコイツや他の王子たちが率いる聖騎士団をもってしても打倒すことができなかった魔王を討伐したのである。
どう考えても、この二人のほうが、この国の王としては受け入れられやすいのは明白である。
そんな雰囲気の中、エコイツは、自分が王位を継承したとしても、国民たちは納得するだろうかと疑念を抱いた。
いや、おそらく一時的には納得はするだろう。
コリナンダー第二王子や、スットコビッチ第三王子より、少しはまともな性格だという自負はある。
だが、英雄ではないのだ。
国民に希望や夢を与えることはできないのだ。
それが今できるのは、アリエーヌとマーカスである。
そこでエコイツは、そのアリエーヌに女王の座を譲るのはどうだろうかと、国王に直訴していた最中なのである。
そして、その話を先ほどから外で盗み聞きをしていたのが、コリナンダー第二王子や、スットコビッチ第三王子であった。




