ヒドラ討伐(8)
「(転移! 転移! 転移! ワタクシのおなかへ転移じろぉぉぉ!)」
ボヤヤンは必死で、転移魔法を唱えていた。
顎がとれて口が回らない。
それでもなんとか魔法を懸命に唱える。
だが、思うように転移先が定まらない。
毒消しをかじることができないボヤヤン。
食うことができないならば、直接、腹の中へぶち込むのみ!
ふう。
どうやら毒消しの一つが、胃の中に転移できたようである。
さすがボヤヤン!
ボヤヤンは思う。
大体なんで、ワタクシこんなことになっているのでしょうかね?
こう見えてもワタクシ、自分の事を天才だと思っているのよね。
それが何で、こんなひどい状況になっているの?
昨日までは、調子が良かったはずなのよね……
どこで、ボタンをかけ間違えたのかしら……
昨日と言えばヒイロ君が出ていった日だったわよね……
もしかして、チキンをヒイロ君にあげなかったから、チキンの神様が怒ったとか!
それ! ありえる!
大体、テコイの旦那がセコイから、こんなことになるんじゃないの!
でも、今のテコイの旦那はダルマみたいにすぐ転がりますね。
イヒヒヒ……
今までの恨み、ここで晴らしてもいいんじゃないかしら!
どうせ死ぬなら、一度は押してもいいんじゃないかしら!
でも、押したら確実に死ぬわよね……ワタクシ……
テコイの旦那に確実に殺されるわよね……ワタクシ……
でも、どうせこの体、このままだと溶けて死んじゃうわよね……ワタクシ……
オス! オサナイ! オス! メス!
押しちゃダメェェェェ!
でも押したい!
押したい……押したい……押したい……
あのテコイの旦那が無様に転がる姿をもう一度見たい……
あの豚のような眼差しでワタクシを見上げるのよね……
許して! ボヤヤン!
押したい……押したい……押したい……
押してみたいんじゃあぁぁぁぁ!
「ポチッとな!」
転がるテコイ。
どつき合うムツキとオバラ。
踊るボヤヤン。
四人の元【強欲の猪突軍団】のメンバーは、互いに互いを押し合って、マーカスの食べくさしの毒消しを奪い合っていた。
もうそこには、仲間どおしの譲り合いや、助け合いなどはなかった。
いや、そもそも、こいつらには、そんな心があったのかも疑問である。
ただただ、己一人が生き残りたい一心。
醜い……
そんな無益な争いの横でマーカスが震えていた。
毒の海の沖合を見ながらひとりひっそりと震えていた。
先程から霧の中にうっすらと光るものが二つ、こちらを睨んでいるのだ。
それは、どんどんと数を増やしていく。
二つが四つ。
四つが八つ。
そして、それは16にまで増えた。
えへ・えへ・えへへへへ……
マーカスが狂ったような笑い声をあげる。
その様子にようやく気が付いたテコイたち。
四人は口の周りに毒消しの食べかすをつけて、マーカスを伺った。
なんだコイツ……ついに狂ったか。
だが、マーカスが、霧の奥を力なく指さし続けて笑っている。
目からは涙を流しながら、乾いた笑顔を浮かべているのだ。
さすがにこれは少々オカシイ。
いや、面白いというわけではない。
何か不自然なのだ。
その様子が気になったった四人は霧のほうへと振り返った。
白き霧に黒き影。
その黒き塔のように長い影先には、やけにハッキリとした金色の光が二つ輝いていた。
先ほどからこちらをジッと照らしている。
そんな黒き塔が、ご丁寧にも八基……
4人の時間はピタリと止まった。
いや、実際に時が止まったのではない、思考や感情といったものが止まったのだ。
まるで脳からの伝達物質が何かに遮られるかのように。
もはや恐怖という感情すら湧きあがらない。
ただただ、何もすることができない。
蛇に睨まれたカエル……とは、まさにこのことなのかもしれない。
目の前の霧の中で黒き塔が色を帯びてくる。
白き霧をかき分けて、ゆっくりとヒドラの首が浮かび上がってきた。
そして、その首は、どんどんとその数を増していく。
一つの首が雄たけびを上げた。
周りの木々を揺らすほどの大きい雄たけび。
それはもう、この世の生き物ではないような気がした。
その瞬間、戒めを解かれたかのように5人の感情が動き出す。
だが、何をすればいいのかわかない。
ただただ、単にパニクるだけ。
恐怖に引きつった顔が後ずさる。
引きずる腰から漏れ落ちた小便が、乾いた地面に太い線をにじませながら引いていく。
なんでこんなことに……
誰しも思った。
これは、ヒイロのせいだ……
テコイは思う
これは、ヒイロがいなくなったから……
オバラは思う
僕ちんはヒイロとは違うのよ……
マーカスは思う。
ヒイロに! 俺の息子が緋色に!
ムツキは思う。
そして、ボヤヤンは思った。
ヒイイイイイイイホぉ!
その瞬間、5人の体が白き光に包まれた。




