追放?(1)
夜が更けた古臭い小さい酒場に野太いおっさんの声が低く響いていた。
「ヒイロ君、あなたは、クビです!」
その丁寧な言葉遣いとは裏腹に、その音調は少々怒りの色を含んでいた。
言葉を発した男の名はテコイ。
【強欲の猪突軍団】のリーダーである。
テコイは、ぼろくさい木目調の丸テーブルに両肘をついていた。
そして、その組んだ手の甲へと大きな鼻を押し付ける。
そのせいで鼻が少々上を向き、まるでその様子は豚のよう。
いや、豚そのもの!
丸坊主のピンクの豚さんなのだ。
しかも、その坊主頭は、脂肪によって盛り上がり何本かのウネができていた。
そのウネから、ぷつぷつと脂汗が、何かの芽のように生え出ている。
きっとここから、かわいい花が咲くのだろう。
それはブタナのような黄色いお花。
先ほどから上目遣いでにらみつける眼光は、豚のくせに怖いほど鋭い。
だが、確かに鋭いのだが、その双眸にかかる長いまつげのせいで愛らしさを醸し出していた。
もう、この目だけ見るとキラキラお目めのぶたさん人形といってもいいぐらい可愛い。
頭に花でも生えれば、いや、飾れば女子受け間違いなしの豚さん人形の出来上がりだ。
だが、いかんせん奴の体形はデブなのだ。
こんなデブ、女の子が抱っこすることは、まずもって不可能。
その証拠に椅子に腰かけた尻から肉がはみ出て下に垂れ落ちているではないか。
そのせいで先ほどから椅子のか細い足が、もう限界といわんばかりにミシミシといやな音を立てている。
そんな音でさえ、この酒場の中では大きく聞こえる。
それほどまでに、静寂。
それほどまでに、客がいないのだ。この店。
ここは、キサラ王国港町2丁目の酒場である。
時刻は、夜9時を回ったところであろうか。
本来この時間帯であれば、酒場と言う場所はにぎわっているはずなのだ。
いや、にぎわっていないといけないのである。
そもそも、酒場と言うものは、モンスターハントをした冒険者や、クエストをこなしたパーティたちが一日の労をねぎらって、酒を酌み交わす場所なのだから。
しかし、この店には、このテコイを含めて7人しか人はいなかった。
どうやら、この店の前にできた女エルフたちが接待するキャバクラに客を持って行かれたようである。
そのため、さきほどから窓の外の通りはテコイたちのいる店内とは対照的にバカみたいに騒がしい。
それでは店内にいる7人の人間たちを順に見ていこう。
カウンターでコップを磨く店主1名。
そのカウンターに腰かける、客一人……って、客、おったがな!
それ以外は、【強欲の猪突軍団】のメンバーたち5人である。
そのメンバーの一人は先ほどのテコイだ。
【強欲の猪突軍団】のリーダーであるテコイは、お金が大の好物である。
俺の金は俺のもの。お前の金は俺のもの。モンスターの金も俺のもの!
その金にモノを言わせて、とにかく食うのである。
実際に今でも、目の前の机にはチキンの骨付きもも肉が50本ほど積まれている。
その体形からして想像できるように、パーティでは壁役以外つとまりそうにない。
そう、【強欲の猪突軍団】では、壁役の重戦士なのである。
まぁ、脂肪の壁なのでブヨンブヨンなのであるが……仕方ない……
そして、テコイに猫のようにまとわりつき、そのクビに手を回している女がオバラである。
【強欲の猪突軍団】の紅一点。
テコイ同様にお金が好きな女盗賊である。
女盗賊と言うだけあって、装備は軽装備なのであるが、どれもこれも一流ブランド品。
一体、こんな見た目だけの高級ブランド装備で、どうやってモンスターたちと戦うのであろうか。
先ほどからオバラの細い指が、テコイの顎をいやらしく撫でている。
オバラの深紅の唇から吐き出された吐息が、テコイの耳へと吹きかけられていた。
そのせいか、先ほどからテコイの下半身がむずむずとしているようだ。
腰に目を落したオバラは、怪しく微笑むと、そっとテコイのズボンの中に指を忍ばせた。
まぁ、この二人、そういう関係なのだ……
そりゃ、バトルではドレスが汚れることもないよな……仕方ない……