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Mimic,holic,Made up

「あー。とりあえず謝るんで、許してくれませんかね?」


 口ではそう言葉を滑らせつつも、誠実さを一切欠いた式の謝罪に、卓で向かい合う灯真は憎々しげな視線に瞼を細めた。


 新三巫(しんさんかんなぎ)市西区にある式家の邸宅に集うのは二人。散らかり放題だった家具を――会合のため漆の長机だけはとりあえず元あった場所に戻した。


「……謝って、済む問題だと」


 五上涙子を『吸血鬼殺し(デス・イーター)』から保護するのに、彼の僕たる十字架(サーヴァント)の確保は何をおいても優先される事項だったはず。なのに式折々(しきおりおり)は、保有するほとんどの人員――戦力を、橘千代紙の監視に割り振っていた。


「式の見立てでは、現状、最も警戒すべきは橘先輩でしたので」

「じゃあ……なんで彼女を十字架(サーヴァント)に奪われた?」


 二人の接触を式が知ったのは三時間ほど前である。


「式も、彼女の言い分を信じたくはないのですがねぇ」


 実際に吸血鬼と戦闘をし、殺されかけた者の証言だ。

 それに――()()が直に報せたのだ、楽観してもいられない。


「母さんにもしもの事があったら、ただでは……!」


 明確な敵意を向けてくる灯真に。

 

 式は、座布団の下に忍ばせていた拳銃を卓に放り捨てた。


「ならどうぞ、お母様はどのみち、あの二人に()()()()()()()

「……それ、どういう……?」

「果たせない約束をするほど式は夢想家ではありませんので。今回の失敗は、個々人の事情を顧みず、己の欲のため焦った――式の失敗です」


 苦笑し銃を灯真に示す式は、自嘲するかのようだった。


 正直、千代紙の牽制は上手くいったと思っていた。橘一誠と、彼と現在行動を共にしている吸血鬼の置かれている現状を正確に把握していない今なら。

 払った犠牲は大きい。式の息がかかっているとはいえど、本件とは無関係の者を彼女の目の前で自決させた。信用を取り戻すのは不可能だった。


 だが、千代紙は、確かな死をまだ身近に触れてはいない。陽の光の届かないこの世界では、生より死の方が圧倒して日常。獣の肉体で強化されたところで、彼女の心は、まだうら若き少女である。


 三上創(みかみそう)にまつわる記憶も、まだ、彼女の中で燻っている。


 十字架からの共闘の申し出を千代紙が受けるとは意外だった――が。

 

 吸血鬼が、天敵である人狼に助力を請うとは。


「母という存在を、今日ほど厄介と思った事はありませんよ?」


 式が灯真を見る。


 灯真は灯真で、目の前にある銃を取ろうか否か、迷っていた。

 重量感溢れる拳銃に弾が入っているかどうか、それは正直怪しい。灯真が見える方向から弾倉は装填されてはいたが、式なら前もって弾を抜いておく事もできる。まして、この式だ――銃の扱いにも多少の心得があると思うし、灯真には判らない細工を銃に施しているかも、と灯真は固唾を呑んだ。


 灯真と縁を切るためなら。

 この後輩はどこまで冷酷な思考を巡らせられるか、灯真には量る事もできなかった。


 ここで賭けに乗って、式に銃口を向けるのもやぶさかではないが。


 引き金を引く指は、式を差す。


 彼にはまだ、聞きたい事がある。

 五上涙子の生存を諦める、その根拠が知りたかった。


「母さんは……助からないの、か……?」

「――いや。実は案外、あの二人をあっさり倒してしまうかも、という可能性の方がずっと高いんです」

「君が言う……〈魅人(グール)〉の能力(ちから)で」


 式が灯真に言う、母の眼に宿った吸血鬼の力。


世界の法則に介入も容易い“死の王”がかつて視た光景を、母も今見ている。


「と――()()()()()()()()()()()()()()()()()。見当違いも甚だしく」


 あの二人が、五上涙子を倒す。

 

 千代紙と十字架(サーヴァント)が優位になるように戦力を見積もっても結果は式にも予知するのはむずかしかった。


 当初の計画では、涙子は『第二の始祖』に人格を乗っ取られていた。順を追って彼女の扱える能力は増えて、復活に必要となる糧も灯真の協力で得ていた。


 空腹に耐えかねた彼女は、ついに息子を傷付け、あの公園で自ら大量の血を吸った。


 復活の兆候は、間違いなく、あったのだ。


「ちょっと待て、じゃあ母さんは、僕の知っている母さんじゃなくて吸血鬼に意識を乗っ取られたって、そういう事――!?」


 式に(あざ)かれていた事実に、銃を掴み取る灯真の彼に対する信用を完全に失くしていた。


「――途中までは、でした。お母様は吸血鬼に人格を支配されてはいません」

「この期に及んでまだ、お前を信じろと」

「お母様ご自身が、先輩にそう証明してくれたでしょう」


 式が人差し指を前方に突き出した。


 目線は丁度、灯真のへそ――()()()()の高さで。


「先輩の傷を塞いだのは、ほかでもない、あなたのお母様の意思です」

「母さんが、これを……?」


 つるりと、これといって外傷のない腹部を訝しげに灯真は()でたが。


 だが、これで――と式。

 違和感の謎がようやく解けた。


魅人(グール)〉に捕食された灯真の傷は確かに致命傷であったが、腹の肉と臓器だけで、他部は口にしなかったのは、涙子本来の意思と吸血鬼の本能が拮抗し、傷もそれで治したと邪推したが。


 涙子の実の息子である灯真の血肉、骨は、母である涙子から受け継いだモノ。“複製物”と呼称しても正しい。本来の捕食行動とは異なり、涙子の傷が回復できるだけの量を経口摂取すれば、灯真を殺す必然性も特にはないのだ。


 灯真を殺さなかったのは、やはり人格同士が相殺し合っていたのもあるのだろう。


 だが灯真の一部で回復した彼女は後に、大勢の人を供物に、息子の傷を癒した。たとえ原初の吸血鬼であっても、奪うのみの怪物が、生命を蘇生させるには――担保とする命の量の、桁が違う。


「お母様は本当に、先輩を愛しておられるのですね」

「そ、そう……? ――面と向かって言われるのは、さすがに恥ずかしいな」

「言いたくもなりますよ」


 大好きな我が子のために、()()()()()()()()()()()()バケモノの意識を、逆に乗ってしまうのだから。


「なら、我が子の手足となって吸血鬼を狩るのも、また」


 いずれにしても。

 一介の母親に吸血鬼の権能は過ぎた力だ。


 この世の理に叛逆し“殺人鬼(アウトサイダー)”になった五上涙子は現状、式折々の脅威となる。


 あの童女より。


 策を練って千代紙と十字架(サーヴァント)に加勢しなければならない。が『第二の始祖』を止めるだけの戦力は世界中のどこにも存在しない。それこそ台風を消すのに石礫を投げるようなものだ。

 

「式君?」


 飄々とした素振りから一転、猛虎の如き視線を送ってくる式に灯真はたじろいた。


 ――試しに、五上灯真をここで殺すか。


 幸い、手許には道具が揃っている。


 眉間を正確に狙い即死できたとしよう――涙子なら炸裂した人の脳くらいは簡単に治せる。都市一個分のニンゲンを喰らえば。


「後が怖そうですし、やめておくとしましょう」


 あと数センチで銃に届くかという手を式は引っ込め後頭部をかいた。


 能力を使って涙子が灯真に接触する気配は今のところない。会えない事情でも発生したのか。

 

 なにかに、備えているのか。


 大暴れされるより静観している方がよほど不安にさせられる。


「母さんに、会いたい」


 これといって意を決するという事もなく灯真は言った。

 式に懇願する――いや。自己の心境の再確認だろう。


「君は母さんに見つけて欲しい人がいるんだよね。だったら」


 ――怪物に心を支配されていないのなら、母さんなら頼みごとも聞いてくれる。


「いややっぱり、いいです」

「どうして、君にとって大切な人なんでしょう?」


二十人目の吸血鬼(モア)”を話題に挙げれば、涙子に憑依した『第二の始祖』との交渉も進められると式は踏んで、始めこそ灯真に協力したが。


 橘一誠、吸血鬼と涙子には、なんの接点もない。


 灯真から頼めば、あるいは――涙子が魔眼を式のために使ってくれる。


 だが、その後を処理するのも『魔法使いの末裔』の役割だった。

 同一種であるモアでは涙子を滅ぼせない。それは逆も然り、だ。


「このまま夜が明くのを待つか。……まあ無駄でしょうが」


 と、いうのも。

 時計というものを信用していない式折々(しきおりおり)は、体内時計で現在時刻を正確に観測する事ができる。屋敷には一応振り子時計があり式も朝は度々寝坊をして使用人に“(おこ)された”りしたが、彼が脳で測る時間の正確さは、特技と呼ぶには、少々行き過ぎていた。


これは――()()()()()()から継承されてきた、オリジナル由来の能力だった。『最初の式折々』は、時間――経過という概念をどれほど忌避していたのだろう。


その体内時計が、さっきからずっと、止まったままだった。時計の針は右回りに回転してはいるが、停止――正しくは()()()()()世界は、雲一つ微動だにせず、月も傾く気配すらない。


五上涙子の仕業とみて、まず間違いなかった。

 

 太陽はもう、この先、永遠に世界に昇る事はないだろう。


 そんな暗海(くらうみ)(ソラ)に、一筋の光が射す。直下した光の矢は街のある一点に降り注ぎ、深く暗き海の底に白百合の花が咲くかのようだった。


 式はそれを間近に()り、灯真は背に受けた。




                     かあさん




 ふり返りざまに、灯真の口から消失の念が零れた。


 あの方角には確か大型のショッピングモールがある。


「あそこに、母さんが」


 一体どうしてそう思ったのか。


 あのショッピングモールの屋上で、涙子が、自分を求める声がしたような……。


 縁側に飛び出す灯真を式は追いかけない。

“光の笠”を目指し走り出す彼の血相の変わった顔は、大慌てで家路につこうとする――小さな子どものようで。


「橘さんを見つけ出す手立ては、これで失われましたが。ひとまず、あなた方お二人に感謝を。それと先輩に――見た目に騙されず最後までお母様を信じたあなたに、最大の経緯を称します」


 生物には、生まれ持った帰巣本能がある。かつてはそれで、人々は手紙を送り想いを鳩に託したのだとか。


 空に一羽の鳩が、朝を迎えた大空に(はばた)くのが見えた。


 吸血鬼の現れた街に、平和が訪れる。


泡沫に帰す一瞬の幸福だと知っているから、溢れんばかりの光を人々は瞳に焼き付ける。


だが灯真に、そんな事をしている場合ではない。

本能に従って全速力で母の待つ許に往くが。


陽が昇った今、彼が、涙子と再会する機会は、永遠に失われたのだった。

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