Weak,lose,We are Betting
「あ」
このような状況になってもまだ、魔法使いの末裔は元気なものだった。
「やっほー、吸血鬼殺しさ~ん!」
滑り台に足を投げ出して手を振ったりなどしている。溢れんばかりの笑顔は、昼下がりの晴れ澄んだ空にも負けないくらい眩しかった。
ここが公園で、天気がいいのにも関わらず無人の園内は式の一人占めでつい気分が上がってしまう気持ちは人を辞めて長く経つ『吸血鬼殺し』にだって感じるものがあった。
閑散とした公園、遊具は全て使い放題。列もなければ、どれだけ遊んでも後続を気にする心配もない。
幼い頃の夢を叶えたようで、童心に還る。
無邪気に遊ぶ式の両手は真っ赤に染まり、遊具には飛び散った手足。皺だらけのお年寄りに、手を繋いだ親子。血の湖畔に浮かぶ男の子の輪郭は生命活動を停止してもなお、目の前の状況に驚いている。
端的に状況を整理すれば。
式折々は、血の海と化した公園で元気よく遊んでいた。
「貴様は、あれか、目か頭が悪いかどちらかだな」
「式の視力は両目とも8.0、円周率は三万桁まで暗記していますよ?」
嘆息するのも馬鹿らしい『吸血鬼殺し』に式は胸を張って言った。
魔法使いなんて名乗る前に、草原の部族で狩人として名を馳せるか、ギネス大会に参加してほしい才能の無駄遣いだった。
「『吸血鬼殺し』さんも、近頃はずいぶんとお疲れでしょう。ブランコでもして気分転換にリフレッシュしませんか」
どちらも意味が被っている言い回しに聞こえる。そこに独特なセンスが光って耳に残るのが『吸血鬼殺し』の如何に気分を害するか。
「貴様……わざとだろう」
「はてカメ、なんのことやら。“腕がないからブランコに掴まれない”とか――昨夜の『吸血鬼殺し』さんの失態とか、式はぜーんぜん指摘してませんが?」
「もーおまえとかくちきかないもんな!!」
誘導した挙げ句、罠にはめてきた式に『吸血鬼殺し』は半べそ状態だった。
やはり公園とは、そこに来る者の心を子どもに戻す不思議な魔力があるのか。
「もしよろしければ、式が治してあげましょうか? こう見えて結構手先は器用なんです。腕だけなら、時間をくれれば……元通りししてあげます」
「落ちてた木の棒でなにを企んでいるのかは、今回は優しさに免じてスルーしておいてやるが。……いや、結構だ」
万全の体勢ではないと、今回は『吸血鬼殺し』にも言い訳のしようがある。幸い、というか――あの女の眼が“第二の始祖”で、本当内心では、安心していた。
最後に残っていた“始祖”を使っても、五上涙子を仕留め損なった。魔法使いが、この先どんな奇跡をもたらしたとして、自分が――彼があの〈魅人〉に勝てる確率は、どうあがいても確立さ
れなかった。
両腕もなく、ブランコも漕げない現在の『吸血鬼殺し』は、まさに。
――無力だった。
「じゃあ、話しをしましょう」
「どういう“じゃあ”だ?」
「口はお互い付いてるんですから、おしゃぶりの方がきっと楽しいですよ」
「………………」
その“口”で、早々に噛まれると相手する側としては何とも不安だった。
とりあえず、足はあって歩けても手も足も出せないのは変わりなく。
ささっ――と肉片と血痕を掃った式折々の手招きに『吸血鬼殺し』は付き合ってあげることに決めた。
「こうしていると、なんだか……まるで恋人どうしみたいですね」
「“我も貴様も人の恋愛感など知らないし、考えた時間もない”――目の前に広がる景色を見せられた我の率直な感想だ」
セーラー服の男の娘と、黒髪を結った凛々しい少年。
公園のベンチでの2ショット。観る人物の主観によってはとても輝かしい。ラノベの挿絵なら間違いなく口を飾る。
ちなみに口とは『口絵』のことで、1シーンをカラーでイラストして冒頭に載せたページ群のことである。主人公を始めとしたキャラクターの詳細、SFならロボットの設定を三次元画像風に紹介したりもする。
肩を並べる二人が陽の光に映える。
そんな彼らが眺めている光景といえば、製本の段階で即出版規制にかかる――描写しよとすればイラストレーターの脳が間違いなく焼き切れる規模の流血と臓物が乱雑する生々しい、血生臭い絵面だった。
「酷いな」
これには『吸血鬼殺し』も苦言を呈さずにはいられない。
集めた命をこれだけ貪った五上涙子の現在の強さを、想像するだけで嗤いがこみ上げてきた。全盛期の〈始祖〉とはいかずとも――いや、それも果たしてどこまで楽観していいか。
「もうすぐ、世界中がこうなります」
式達は、未来の光景を視ているんですよ。と式は言った。
「そういえば、さっき貴様、我に気を遣わなかったか?」
失った腕を治す云々のやり取りのことである。
この式折々という少年にとって、『吸血鬼殺し』は一応、敵という括りに入る。
敵に情けをかけるなど、初めて見る一面だった。まあ、実際この魔法使いがすることは初めての連続ばかりで腹の内などちっとも読めないのだった。
「あなたには、秋あたりからいろいろと無茶をお願いしてきましたから。三上先輩の一件も、お礼もまだですし」
「あれは腕では割に合わないだろう。しっかし、どうして関わろうとしたのか」
九月。夏が終わり、夜が長くなる最初の月。
魔法使いの甘言と策謀に引っ掛かった『吸血鬼殺し』は、神になったあるJKと――戦う羽目になった。
そして、敗れた。それはもう完膚なきまでに。
何百年も吸血鬼を殺し続けた男は、神になってまだ三日も経っていない少女にボコボコにされた。
受けた傷はまだ癒えない。これから先も完治はしないだろう。
遡って考えれば。
五上涙子を取り逃がしたのは、あの長月があったからだった。
「貴様の狙いがなんだったのか、最初から判っていた。“約束”を反故にしようとしたのだろう」
「ご想像にお任せします」
否定も肯定もせず、笑って、魔法使いの末裔は話をはぐらかした。
それが――事実を認める何よりの証拠だ、と式はどこまで判って、やっているのか。
十中八九、わざとなのは間違いない。
この軽薄な男の軽々しい口車に乗って、約束を果たそうとしなかったのは『吸血鬼殺し』の痛恨のミスだった。世界がどうなろうが、吸血鬼を殺せばそれで満足な、はず……だったのに。
あの男と吸血鬼を守ることが、どうしてあそこまで重要に思えたのか。殺すと誓った自分が。
三上創も、あの晩夏の事件の当事者達はここにはいない。部外者同士が議論を詰めても埒が明かないので、神殺しについて『吸血鬼殺し』はここまでとした。
「突然ですが、式は、五上灯真と同盟を結びました」
本当に突然、式は『吸血鬼殺し』に暴露した。
「なら、貴様らの勝ちだ。よかったな、世界が滅ぶぞ」
五上涙子の気配を手繰ってきてみたが、力も知力も人並みに堕ちて、それで勝てるわけもなかった。
恨み節の一つも言ってやろうとわざわざ顔を出したのに、余計な相手と長々と話し込んでしまった。
席を立った『吸血鬼殺し』を、式は引き留めた。
「いえ、式はこの世界には滅んでほしくありません」
「――吸血鬼を助けた男を庇って、化け物になった母親に人を喰わせる息子と手を組んだお前が、平和主義者だったとはな」
「はい。式は、吸血鬼を助けたあの人の力になりたい。吸血鬼を殺すため――あの魔眼が必要なんです」
嘘は、ついていなかった。
どころか、席を立った式の眼差しは、ふり返った『吸血鬼殺し』に訴えかけていて。
「まだ、諦めていないんでしょう? 五上涙子を殺すこと」
「…………止めるか、この“俺”を、貴様ごときが」
「いえ、この目で見れて――安心しました。あなたには、本当に、もう力は残っていない。……ただ」
式折々が、少年の傍らを目で差し、問うた。
「“彼女”が、あなたにとってなんなのか、最後に教えてくれませんか」
互いに親交のある“校長”。人狼の長は『吸血鬼殺し』に『第二の始祖』を倒す協力をした。
深手を負い一戦を退いた後は学校を設立し。後世に人狼の力を制御する術を説く教育者
となった。
土地と資金を提供する過程で式は彼を知ったが、筋肉ばかりに栄養がいった狼の王は、賢いとは世辞にも言えない。
口が発泡スチロールばりに柔らかい彼は『吸血鬼殺し』が背負う十字架の経緯は、パトロンである式にも頑なに沈黙を守った。
「それは、知りたいって顔だな。どうしても聞きたいか。あれが今、どこにいてなにをしてかも」
「うんうん!」
無害認定をしたのはあくまで主人で、その眷属は含まれてはいない。警戒心が自分にないのは主としては業腹だが。
あの童女が、世界を滅ぼす――その前に、話してしまってもいいかもしれない。
口端を緩めた『吸血鬼殺し』は。
べっ――と舌を出しながら瞼を指で下ろした。
「教えるかよ、ばーか」
それに、彼も――知らない。
『十字架』が、百年近く従順だった彼女が。
どうして突然、自分の許を離れたのか――。




