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20人目の吸血鬼-3-

 曰く、吸血鬼(ヴアンパイア)は人間の血を吸う。

 曰く、吸血鬼(ヴアンパイア)は人類の天敵である。

 曰く、曰く、曰く――。


「冗談のような笑い話のどれもが、ボクには真実なんだ」


 停止したメリーゴーランドの薄暗い馬車で肩を並べながら、吸血鬼が笑う。笑えないと前置きしておいて、疲れたように、諦めたように。


「本当に、君は……人間じゃないのか」


 (たちばな)が問うと、童女は頬を指で釣り上げ歯を見せる。

 鋭く尖った八重歯(やえば)は、人喰いの証。


「そう言えば……さっきは、助けてくれてありがとう」


 吸血鬼は、眼力で人を魅了することができるらしい。紅く濡れたようなその瞳を一目見れば、たちまち獲物(ひと)(とりこ)となる。

 皆が裸になったのも救急隊の一件も、全て彼女の仕業だった。


「ボクのせいで、君を悪者にしても悪いからね……」


 悪者は自分、ただ一匹だけでいいと小さな〈(オニ)〉は橘に言う。


 童女は、橘に己の過去を打ち明けた。

 と言っても……と前置きをして。


「吸血鬼に……人間だった頃の記憶はないが」


 人間が吸血鬼になると、生前の記憶は全て失われ、知り合いからも忘れられ、生前に記録された写真も映像さえ消し去られる。


 そういう呪いにかかる。世界は徹底的に、勤勉に怠ることなく消去する。ただの情報も、大切な想い出も。

 化物になるということは、詰まる所……人間ではなくなるということ。


 橘にある影は、童女は持っていなかった。

 吸血鬼に親はいない。居場所はない。呼ばれるべき名前はない。全て人間の持ち物だ。


 化物は、奪うことしかできない。


 橘は思った。

 彼女は……どれだけ奪ってきたのかと。

 それは、彼女の願いと関係あるのか。


「君の他に、吸血鬼はいないの?」

「ボク一人だけだよ。仲間は、皆……人間に退治されたから」


 人間と吸血鬼の確執。

 そして今、吸血鬼は絶滅の危機に(ひん)していた。


「せっかく、もうすぐ死ねるのに。君とは楽しい話をしてたいな」


 不貞腐れしたように童女は肩を抱いて呟いた。


「例えば、どうして街中の人間を裸にしたのか、とか?」


 どうやらよっぽど、自身の変態行動を自慢したいらしい。


「……どうしてだい?」

「だって面白いじゃん! 人の裸を見るのって」


 まるで下ネタ大好きな小学生のノリで、童女は立ち上がり橘の前で腹を抱え笑った。大声で笑った。


 人間みたいに。


 くすり、と橘からも笑みが(こぼ)れた。




 電話が鳴って、橘は式の待つ展望台にひとり向かった。

 遊園地最大の目玉のひとつである展望台からは、街が一望できる。


「ああ、タチバナさん」


 星屑をばらまいたような街を背景に、(しき)は両手を振った。

 式の足許(あしもと)には水溜まりができ、大袈裟(おおげさ)に振るその手には鎖の束が握られていた。


「吸血鬼ちゃんは?」

「今は休んでる。よっぽど疲れていたみたいで」

「こちらももうすぐ準備が整いますが、もうしばらく休ませてあげましょう」


 橘は、式に尋ねる。吸血鬼退治の方法について。

 足許に張った聖水で魔法陣を描き、展望台に簡易的な神殿を設ける。そして聖水で(きよ)めた鎖で吸血鬼を拘束する。

 展望台を選んだのは、東から昇った最初の新鮮な朝陽は吸血鬼が最も苦痛を感じないのだとか。


 今から、橘達はここで吸血鬼を丸焼きにする。


「本来、吸血鬼といった生を持たない上位概念は(そろ)って往生際悪くもっと大がかりに用意するんですが。()()()()()()()()()()()()()ということは、本当に死にたがっているみたいです」

「……その、式ちゃん?」

「式、で構いません」


 自分が囮に使われたことなど気付かず、橘は、柵に鎖を巻き付け水溜まりを指でなぞる式のスカートから丸出しになったパンツを指差し。


「その、もう少しお隠しになった方が……」

「別にいいじゃないですか。お互い男同士なんだし」

「男とか女とかそういうの関係なく…………男同士(・・・)!?」

「はい、式は男ですよ? 吸血鬼ちゃんだって、式のこと少年(・・)って呼んでいたじゃないですか」

「たしかに! でも、だって……」

「やだなあ、タチバナさん。人を見た目で決めつけちゃ」


 可愛らしいクマさんパンツをスカートで隠し作業を再会させる式。それはとても手慣れていた。


「慣れているんだね」

「式は魔法使い一族の末裔(まつえい)ですからね。専門家ってやつです」


 橘としては、式のパンツの柄の方が気になるところだった。


「じゃあ……あの子を人間に戻せる方法とかは知らないのか?」

「……ひょっとして、あの吸血鬼を助けたいとか思ってます?」


 儀式の下準備を終えた式が、心を見透かすように眼を細め橘を見つめる。


「いくら人の血を吸うからといって、なにも殺すことは……」


 はあ……と橘に溜め息を吐いて。


「これは、吸血鬼ちゃんの名誉のために教えますけど、あの子、まだ誰の血も吸ってませんよ?」

「誰のって…‥吸血鬼になってから一度も……?」

「本物を見るのは初めてですが、あんなに弱った怪物を、式は知りません」


 なら、尚更退治する必要はないじゃないか。彼女が死ぬ理由はなくなるのでは。


「だから()()()()()()()()()()()ですって。人間のような見た目をしていても、あれは人間じゃない。シマウマにとってのライオンと同じ。吸血鬼は人類の天敵なんです」


 当たり前の事実を、式は橘に教えた。

 あの童女は、人の裸を見て楽しげに笑っていた彼女は、人間ではないと。


「これは本の受け売りですが、吸血鬼の上位種である『始祖』は、血を吸わずに二十年存在できるらしいです」


 吸血鬼は元は死人だから、生きているという表現を式は敢えて使わなかった。


「〈始祖〉は、聖杯に注がれた救世主の血を飲んだコウモリに血を吸われた特別な吸血鬼です。実際、動物の血を吸うコウモリは南北アメリカ分布なので別物ですが」


〈始祖〉は一世紀ごとに一匹増える。

 あの吸血鬼は、二十世紀の終わりにコウモリに血を吸われた。


「それから二十年間、吸血衝動に耐えながら誰の血も吸わなかった。その苦痛は式にも(わか)らないのに、あなたなら(わか)るんですか、タチバナさん。人間だった記憶がないのに、最期まで人間でいたい、誰も傷付けずに安らかに逝きたいというあの子の願いを踏み付けて、さらに苦しめと、あなたはそうあの子に言うんですか?」


 反論できなかった。

 式の言い分は正しかった。このまま彼女があの街に居座れば、今度は裸にするだけは済まないかもしれない。全人類を全裸ではく、全人類を喰い殺すかもしれない。


 だが。


 あのメリーゴーランドでの会話を思い出す。

 月夜に照らし出された童女の肌は、綺麗な小麦色だった。

 

 人間だった頃は、麦わら帽子でも被り陽の下を元気よく走りまわっていたのだろう。

 それは……あるいは、友達か、両親と。


 そんな子が、たったひとり、陽に焼かれて最期を迎える。

 ……彼女は、そんなにも悪いことをしたのだろうか、と。


「そろそろ時間です。あの子を呼んできてください」

もうちょっとだけ続きます。

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