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20人目の吸血鬼-2-

 目的地に到着した(たちばな)は、しかし受話器を耳から外さなかった。


 おもむろに見上げた先に立ち塞がるのは、(さび)だらけの門だった。

 駅から童女を担ぎ延々林道を歩かされどこへ向かうか不安だったが、まさかこんな夜に、子どもを連れて潰れた遊園地に来ることになるとは。


『どうぞ。むさくるしい場所ですが』


 家に上げるのと同じテンションで、この電話の主は、大の大人に不法侵入を強要する。こんな時間に廃墟に呼び出す人間が、この土地の所有者です、なんてオチ……ありえない。絶対。


 背中におぶった童女を見る。人助けで連れ込みましたと正直に言えば、お(まわ)りさんは許してくれるだろうか。


『鍵は開いてますよ』


 ……あれ、これはオチあるか。


 試しに門を押してみると簡単に開いた。音はすごいが。


 こうして歩いて見ると、この表現がどこまで合っているかどうかだが……感無量だ。

 明かりの途絶えた遊園地のアトラクションの数々を、星が鈍く照らし出す。廻らない観覧車、怖くないお化け屋敷にガラスが割られた土産(みやげ)売り場。ゴムの腐ったにおいと融けた塗装の化学臭、金属が酸化するつんとした香りが鼻をついた。


 あるべきはずの活気はなく、あって(しか)るべき騒々しさは失われていた。


『屍』……ここは、遊園地の『(しかばね)』だ。


『こっちこっち~』


 メインストリートを進んだ先に、不釣り合いな一つの机があった。職場で使って、もとい使わせてもらっているのと同じ形、同じ素材のデスクだった。


『お待ちしてましたよ、タチバナさん?』


 堂々と置かれたデスクの上に堂々と座る人影の口許(くちもと)と、受話器の声が重なった。


 橘は納得した。おかしく感心もした。声で若いのは判っていたが、自分達を待っていたその人物が娘が通う高校の、娘と同じセーラー服を着ていたからだ。


「君は、一体……」

「だから、先日、あなたと雨宿りした式折々(しきおりおり)ですって」


 電話が切られる。切った手で橘の名刺を取り出した。

 茶碗を頭からかぶったような前髪ぱっつんのおかっぱ頭、夜でもはっきりと灰色の双眸(そうぼう)、幼さ漂う中性的で端麗な顔立ちの、娘と同じくらいの背の女子学生。もしかしたら、同学年、クラスも同じかもしれない。


 証明されれば認めざるを得ない。確かに、会ったことがあるような、ないような……? だった。


 鎖骨の辺りまでまで伸びきったもみあげを(もてあそ)びながら、式と名乗った女子生徒は、背中ので気を失う童女を見、ひとつ、くくっと肩を揺らした。


「これは式にもお手上げです。おじさんまた(・・)ですかぁ?」

「君が助けてくれると言ったんだよ! なんだその凶悪犯決定みたいな言い方!?」


 冗談です。……と一言すんなり軽く流された(たちばな)は、式に弁明のつもりでこれまでの経緯を話した。

 話し終えた後、ふと気付く。


「あれ? ……君、この子が見えるのかい?」

(しき)、で構いません。ええ、見えますよ、ばっちり……」


 そしてこう、最後に付け足す。


「ですが……今、ここにまともな人間はひとりもいません」

「どういうことだい?」

「まあ、ラッキーだったじゃないですか。いたずらによる通報は軽犯罪になりますし。運がよかったですね」


 また再びはぐらかされていると橘はすぐに判った。


「見た感じ、医者でもない君がこの子を救えるのか?」

「端的に言いましょう、タチバナさん。『これ』は人間ではありません。だから救いません(・・・・・)


言い切った。断言した。これまで体験した理不尽な一連の出来事をこの少女はたった一言でまとめてみせたのだ。


「まずは、言い訳を聞いてみることにしましょう」


 式はポケットから、おもむろに、細い物体を取り出した。どこにでも売っている、スーパーやコンビニならどこでも手に入るおろしにんにくのチューブだった。


 キャップを開けると……式はベンチに寝かされた童女の鼻の下に、にんにくをぶちゅーと(しぼ)った。

 蓋を開けながら、ふてぶてしく笑う高校生の顔を橘は見逃さなかった。




「dhオファンホフィエうぃ0@にえfgfwpfwhfw!!!!!!!!」


 黒髭危機一髪よろしくベンチから跳び起きた童女は白濁(はくだく)したにんにくエキスを鼻に付けながら遊園地中を七転八倒しながら周回した。


「なにすんだ!? なんでそんなもんスカートのポッケに忍ばせているんだ!?」

「いや、今晩ペペロンチーノにしようと思いまして」

「にんにくは調味料だ! 人に塗るもんじゃない!」


 ごもっともな正論を高校生に言って、橘は童女にハンカチを手渡した。にんにくも時には凶器になることを知った瞬間だった。


「大丈夫かい……?」


 子犬のように震える身体を橘に受け止められながら、童女は、思いがけないことを呟いた。


「……そうか。すまないことをした……」


 橘から離れ、今度は式を見る。先ほどの行為に抗議するのかと思いきや、ひどく落ち着き払った口調で、感情を徹底的に排除して。


「少年、ボクは……」

「事情は聴いて知っています。吸血鬼の退治の仕方にも、多少の心得も」


「なら、話が早い。……どうか、ボクの死に立ち会って欲しい」

「元からそのつもりです……準備ができ次第及びするので、それまでこの人と世間話でもしててください」


 では後ほど、と式が立ち去り、童女が橘に振り返る。


「はじめまして。そして、さようなら……名前がないので名乗ることはできないが、ボクは…‥絶滅した吸血鬼、その最後の生き残りだ」


 名もない名前で童女が……吸血鬼が吸血鬼と名乗る。

 橘を映した双眸が、月の光に紅梅色に輝いていた。


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