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死を殺す男-2-

 ……『呪いが()ける』……


「どうしたんだよ、そんな突然?」


 八重歯(やえば)を見せながら顔をほころばせるモアの一言は、この時、事情を知らない(たちばな)には軽い冗談で後のような重みはなかった。


 そんな橘にモアは唇を噛もうとし――だが直前で躊躇(ためら)ってしまう。


 ここで真実を打ち明けること。

 それが橘にとってどのような仕打ちをなるかを察してしまったから。



「……や、なんでもない。アイスは、ごめんなさい」

「……ちょっと、安心した」


 不意打ちに予想もしていないことを言われてしまう。


「コンビニで、その……男の子とぶつかったこと、モア、ずっと気にしてるみたいだったから」


 ああ、と。ほっとしたように笑う橘に――モアは()()()()


 空気を読んで橘を傷付けまいと自分は沈黙を守ったのに。

 この男は、空気を読まず。いや、()()()()()()()()()()()()を読み間違えて、優しい言葉を掛けてくれる。


 掛けられてしまうから、吸血鬼は絶望したのだった。


「……()()()()()()()()()()()()

 

 モアは廃遊園地まで橘を送り届けた。


 戻ってから、二人はいつも通りの雑談をした。


 他愛のない話。

 中身のない話。

 くだらない話。


 ほかにすることもなかった一人と一匹とって、外に出るのと話すことが退屈しのぎになった。


 学生時代や家族(特に娘の千代紙(ちよがみ)について)の思い出など昔のことばかり紹介する橘とは反対に、モアはここ一ヶ月間の話ばかりしていた。


 吸血鬼になって十年。

 コウモリに噛まれ、血を吸いたくないという願望だけで吸血衝動を抑え続け過ごした空虚(ぜつぼう)に満ちた年月よりも、その百分の一にも満たない三十日が、橘と会えた日々が――ずっと重く、オモく、尊かった。


 陽が昇る直前。


 話し疲れてというか、のべつまくなしに無駄話をするモアに一晩中付き合った橘は、太陽を拝む前に熟睡(じゆくすい)した。


 これが最期だと思うと、少しでも、気付いてくれなくても、感謝の言葉を伝えたかった。


 食堂の椅子(いす)で寝息を立てる橘の髪を撫でるモア。


 紫外線に焼かれる吸血鬼(じぶん)と違って、人である橘は陽が完全に昇った後でも起きて、太陽から守ってくれていた。

 まあ単に日陰で側にいてくれたというだけだけど。


 昼夜逆転した橘の生活習慣も、明日には元に戻る。

 ――ようやく、彼を呪いから解放できるのだ。


 指先が(しび)れる。

 夜明け前だというのに目の前が暗くなり、足許が浮遊感にすくい上げられる。


 吸血鬼に感覚はない。


 どれだけ人と似せた造りをしていても、死んでいるから、血も涙もない。


 ――なのに。

 地面が揺れているのか、かすかな陽の光に眼を痛めたのか。


 止まっているはずの心臓がこんなにも痛い?

 表情のない顔を涙が伝う?


 ……もしかして。

 ()()()()()()()

 橘の前からいなくなることを。


 なにを今さら。

 吸血鬼は、元々孤独(ひとり)な生き物だ。


 十年も耐えた。

 だから、あと一日くらい、どうということもない。


 いっそ、街を出た時、あるいは話の途中で真実を打ち明けたかった。


 吸血鬼殺しのこと。


 陽の出が近い。


 今逃げないと、あの男は自分を追って必ずここへ、橘の(もと)まで来る。


 逆に気配が濃厚な夜の間に逃げてしまえば、二人が邂逅(かいこう)する未来は避けられる。


 なにも知らないまま、橘は寝息を立てて、呑気に、無防備に眠っていた。


 やはり、彼には言えない。

 吸血鬼殺しのこと。

 奴と交わした『約定』のこと。


 果たして言えようか――。


『君がボクを救ったせいで、ボクは死を殺す男によって殺される』などと。


 本当は、こうなることは一ヶ月前とうに知っていたはず。

 現実から目を逸らし続け今日まで生きた結果が、これだ。


「今まで、ありがとう」


 ――そして、さようなら。


 モアは、橘の額に口付けをした。


 別れはもう済ませた。


 だが、たった一つ、悔いがあれば。


 自由になった彼の側に、吸血鬼はいないということだった。

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