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六話 想定外の発現

 さらにそれから一週間後。


「結構良い感じだね」

「そうだな」


 一同は協力して、アレックスの指示通りにキャンプを改造し続けた。


 崖の上には木で組んで作った櫓があり。四六時中誰かがそこに立っては監視をしている。水源である川へは皆二人で行動することを義務づけ、風下にならないような退路の確保も済んでいる。


 しかし、何よりも効果を発揮しているのはそれらではない。


「……あたし絶対こんな役回りじゃないと思うんだけど」

「なぜか恩恵が発動しちゃったから仕方ないよね」

「頑張れリリちゃん!」


 三日前、突如として発現したリリの恩恵。それは、目の前にある素材から自分の思い描く物を作り出す能力だった。


 思いがけない恩恵の発言に、キャンプ中はどんちゃんと賑やかになったものだ。


 ちなみに、その次の日は、大抵の物資はリリの元に送られて加工をされるため、ブラック企業も真っ青な働きっぷりを発動しているのであった。今は落ち着いてきてはいるが。


 その働きを、共にテントの中で見守るミタツとミクル。


「ちなみにリリは自分はどんな恩恵を持ってると思ってたの?」

「そうね、やっぱり戦闘系かと思ってたよ。あたしゲーム大好きでさ。特にFPSはやりこんだな~! あ、もしやそのせい……?」

「たしかにありえそうね!」

「ま、銃なんて作る素材はないけどね。それに作れるほど頭も良くないだろうし。この能力、自分がわかる物しか作れないみたい」


 口も動かしながらリリは手を鉄パイプにかざす。すると、みるみると変形していき、鉄パイプは立派な一本の鉄の刀となって作業台の上に転がった。


「……世界観に会わない日本刀のできあがり」


 リリが苦笑いを浮かべると、それにミクルも同じ表情でしか返せなかった。


 手の平の下で勝手に加工がされる。それを興味深そうに眺めてミタツはしゃべり出す。


「恩恵って、本当にすごいね……。物理法則を完全に無視するなんて。地球とはまったく違うって、一年経ってようやく実感したような気がするよ」

「本当ですよね。私が読んだどんなファンタジーよりもファンタジーしてます!」

「実質リアルだから、ファンタジーかって言われると疑問だけれどね。恩恵を使ってるあたしも妙な感覚だよ」


 リリがそう言って笑う。それからミタツは何やら紙に筆を走らせて、テントの出口へと向かった。


「それじゃ、僕はコウタロウに報告に行ってくるよ。リリも大変だろうけど頑張ってね」

「おーう。あたしよりミクルのが何倍も大変そうだから、弱音なんて吐いちゃいられないよ」

「うぅ、私そんなに働き過ぎてるかな……?」


 ミタツはそんな女子二人の姿を微笑ましく感じて、それから今までに作られた剣の数を確認したメモを片手にコウタロウの元へ行く。


 コウタロウは、訓練場と銘打たれた森林の一角で、丸太相手に木刀を構えていた。


「せいっ! おらぁ!」


 気合いの入ったかけ声とともに枝から吊り下げられた丸太へ、木刀を垂直にたたき込む。木刀に弾かれた丸太は大きく後ろへ下がり、重力にひかれてコウタロウに襲いかかる。


 それを半身で避け、丸太がまた大きく振られる。そして帰ってくるところに今度は真横から木刀を振り抜いた。


 真横に弾かれた丸太は、自身をぶら下げている枝に激突し、速度を落として定位置に戻る。


 その時やっとミタツに気がついたコウタロウは、大きく手を振った。


「おーう! ミタツ!」

「お疲れ様、コウタロウ」

「なんだよお前もついに刀に目覚めたか?」

「うーん。あんまり体に合わないから、なかなかやる気が出ないんだよね。そもそも僕って筋肉もないし、まともな練習もできなかったのはちょっと辛かったけど……」


 ミタツがおどけるようにシャツをまくって、こぶのない二の腕を見せると、コウタロウはうなって自分の二の腕のこぶを見せつけるように作る。


「これぐらいは男として欲しいな!」

「そんな脳筋な話されても」

「脳筋ってお前……結構辛辣なこと言うじゃねぇか。え?」


 コウタロウがうりうりとミタツの頭をなで回すと、ミタツも情けない声を出して手から逃げるしかなく、あからさまに大きく距離をとった。


 そのミタツの反応にしょんぼりとしたコウタロウが、大人しく自慢の上腕二頭筋を納めてついでに木刀も地面に置いた。


「それで、どうしたんだ?」

「うん。戦ってくれるみんなの分の刀が完成したよ」

「おっ、そうか。そりゃ心強い。だってよみんなー!」


 コウタロウが森へ向けて声をかけると、そこかしこから「おー!」「やったぜ!」「たぎるぜ!」とかいう闘争心丸出しの反応が返ってきた。


 しかしそれは決して悪いことでは無く、むしろありがたいぐらいのものなので、ミタツは笑顔になる。


「それにしても、最初に軽く指導をしてくれたアレックスには感謝だね」

「本当だよな。知ってるか? あれ全部ゲームの知識なんだぜ」

「そんな気はしてたけどね……」


 思わずミタツは苦笑いを浮かべる。心のどこかでそんな気はしていたが、本当にそうだと言われると反応に困るのだ。


 するとそこへ。


「ゲームの知識はなんだかんだ有能だからなぁ」


 噂をすればなんとやら。アレックスが退屈そうにこちらへやってきた。それも、できたてほやほやの鉄の刀を手に。


 その刀を試しに振り回しながら、アレックスは語る。


「ったく。世界観にこれっぽちもあっちゃいねぇ。なんで刀なんだよ、あ? 普通はクレイモアやらの諸刃の剣だろうが。ここはリアルの異世界で旅行に目立ちたがりが侍のコスプレをしてくとこじゃねぇってんだ」

「やけにこだわりが強いな」

「あたりめぇだろリアルはリアルじゃなきゃいけねぇ。……まあこいつを作ってくれたやつに感謝はしてるし、いちいち文句もつけねぇけどよ」


 文句はつけない、と言ったわりには未だにぶつぶつと何か不満を漏らしているようだが、それには触れずにミタツは話しかける。


「調子はどう? 敵の一人は倒せそう?」

「あ? 無理だろ。俺の恩恵とやらが発動しねぇかぎり俺は一体も殺せやしねぇ。……ま、そこはあのローブどもの働きしだいだな」


 憎らしげにアレックスが口をへの字に曲げる。するとその隣に降り立つ一つの影。


「今、もしかしてボクたちの話でもしてたのかな?」


 その声の主は、あのローブを纏った三人のうちの一人。身長は中学生の平均ほどの身長のミタツよりも少し低く、またその声は一人称のわりには高い。中性的なその見た目からは性別はわからない。


 コウタロウがさっと顔を曇らせる。しかしすぐに取り繕って笑みを浮かべた。


「どうかしたのか?」

「いいや? 君たちが最近いろんな動きをしてるから、見ていて飽きないなー、ってね」


 からかうようにマントが笑う。それが癪に障ったのか、アレックスが眼孔を光らせる。


「ああ? なんだクソガキ。てめぇらが悠長にしてっから俺たちが動いてんだろうが、ああ?」

「ボクたちの疑問点としては、どうして何かが攻めくることを知っているのかってところなんだけれど」

「あ、それは僕なんだけど……」


 ミタツが自分から名乗り出ると、ローブはこちらを向いて、興味深そうにミタツを観察する。


 じっと身動きがとれずにいるミタツに、マントはぼそっとささやいた。


「ま、ボクが勝手にわかりやすく話してただけだけどね。ああ、そういえばそんなにみんな気張らなくてもいいからね。ちゃんと来るタイミングは伝えるから。それじゃ」


 それだけ言い残して、マントは去って行った。その身のこなしは常人を凌駕しており、三人はただ複雑な思いでその背中を見送った。


 そして三人で顔を見合わせると、ふと聞き慣れない金属音が森中に響き渡る。


「タイミングは伝えるって……」

「あれ、俺たちが作った櫓の鐘なんだよな」

「なめてやがるぜクソが」


 三人は急いで広場として使われるところへ走った。


 ――その視界の端。


「――っ」


 漆黒の馬にまたがった黒騎士が、三人を見つめていた。


 恐怖にミタツの脚がピタリと止まる。それはまるで、地面に脚を縫い付けられたかのようにピクリとも動かない。しかし気づいたのはミタツのみのようで、二人は突如立ち止まったミタツを不思議がり、コウタロウがミタツの手をとった。


「ミタツ! 何してんだ行くぞ!」

「――あ、う、うん」


 ミタツが最後に見たのは、その黒騎士に、先ほどのローブが襲いかかったところだった。 

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