四話 ムードメイカーミクル
「はー! 疲れたぁ~」
ミクルが息を吐き出すがままに声を発してテントの硬い床に倒れ込む。その声は、薄っぺらい布のテントの中では収まっていないだろう。
「お疲れ様。ほら、ミクルの分」
「ララちゃん、ありがと」
そのミクルに昼食のカレーを差し出すのは、ボーイッシュな短髪の黒髪の少女。リリと呼ばれた少女はぐったりとしたミクルを見て、そのつり目を細めて笑う。
「まったく。あんたっていっつも頑張りすぎるよな」
「えへへ……。でも、達成感っていうか、すごい楽しいから疲れも関係ないよ」
「そ。なら別にいいよ」
ゆっくりと体を起こしてミクルはカレーを食べ始める。その隣にリリも腰を下ろした。
「リリはもう食べたの?」
「当たり前でしょ。だって、もう今は三時だよ? 食器洗い班と交代の時間になっても働いてるんだから、生活リズムおかしくなるよ?」
「んー、でも、リリも手伝ってくれるし、案外早く終わったじゃない?」
ミクルがにっこりと笑ってリリを見る。直接的に言われたのに照れたリリは、頬を染めながらそっぽを向いて「だいたいな」と話を続ける。
「キャンプっていうのはみんなで協力するもんよ。一人だけが頑張っても意味ないの。ちゃんと他の人を頼ることまでしてのキャンプなんだから」
「……言われてみれば、そうかもしれない」
「でしょ?」
「でもそれっぽいこと言っただけでしょ」
「そりゃそうよ。この世界来る前でもろくに言ったことないし」
「やっぱり」
二人の笑い声がテントの中を包む。掬ったカレーも忘れて、ミクルは笑い続けた。
この二人はこのキャンプに来る以前に面識があった。それもかなり仲を深めていたので、ミクルは実際リリがいてかなり安心しているらしい。
だがその安心感もいつまで続くものか。
「それにしても、本当に疲れちゃった。疲れをとってくれる魔法とか、ないのかな」
「あっはっは。それ、あったらいいなって思うけどね。残念ながら疲労回復どころか傷を治してくれるゲームみたいな魔法すらないこの世界じゃ、望みはないね」
「そうだよね……」
もちろんわかりきっていたことだけれど。そうミクルは思いながらカレーを口に運ぶ。
この世界に転生してきた多くの人間――特に日本からの人が大概だが――が驚く最初のポイントが、『回復魔法がない』という事実。
現に、その事実に絶望した人間も多くはない。しかしその『回復魔法がない』ということは、すでにこの世界の常識であり必然でもある。ただ、それに反して絆創膏だったり、義足だったりの技術はあるのだから不思議なものだ。
二人は会話を続ける。
「なんだっけね。“世界の理”だっけ?」
「そうそう。私には、あの授業もなんの話かさっぱりだったけどね。それに私ゲームとかやったことないんだ」
「マジか。じゃあそんなショックは受けないだろうね」
リリは、実際かなり驚いたという過去を思い出して苦笑した。
“世界の理” 、この世界に転生してきた人間たちが、この世界の一般常識を習う過程で必ず教わるそれは――
「おい、ミクル! おっ、なんだリリもいたのかちょうど良い!」
だがそこまで思いをはせて、そこから先の考えは、突然テントの入り口の垂れ布を勢いよく開けたコウタロウの行動によって破壊される。
何事だと目を丸くして固まる二人に、コウタロウの背中からひょっこり顔をだしたミタツが、申し訳なさそうに笑って言った。
「あはは……ごめんね、けど、結構大事な話があって……」
ミクルは、これからさらに大変な出来事に巻き込まれることを悟った。