十四話 初任務説明
それから三週間。再びフェリの部屋にて。
「さて、そろそろ仕事の話に移ろう。……それにしても、体はだいぶしっかりしてきたね」
「元同僚のおかげだよ。一人じゃ到底できなかったなぁ」
ミタツはそれまでの苦労を思い出して嘆息する。ほぼ毎日、それこそコウタロウが行くと言った日には絶対に付き合ったのだ。かなりの体力はついたと言える。
ただ、それでもまだ貧弱な二の腕に可能性を見いだせずにはいるのだけれど、とミタツはちらりと自分の腕を見る。
「そういえば、たまにこっちを見ていたみたいだけど」
「気づかれてたんだ……」
「まあね」
妙な気恥ずかしさに追われ、ミタツは頭をかく。なんだか悪いことをしたような気がして、ミタツは紅茶を口に運ぶ。今日はそんなに熱くない。
ミタツがカップをソーサーに置くのを見てから、フェリは一枚の紙をミタツの方に滑らせる。
ミタツはそれを受け取って、さらっと流し見をする。
「……なるほどね」
「読むの速いね」
「速読ぐらいしか本気で誇れるものがないから」
ミタツは紙をテーブルに置いて、再び紅茶をすする。そして、今読んだ内容をもう一度頭の中で反復した。
情報の横流しをしている貴族の暗殺。それがミタツの初めての仕事らしい。
そこでふとミタツは思う。
「貴族って、この巨大ビルの中に住んでいるんじゃなかったっけ?」
「そういうやつもいるけど、大半の貴族は、自分のプライベートを守るために外に住んでいるね。ここみたいなビルに住んでる人もいれば、昔ながらの屋敷に住んでいる人もいる。まあ、ほとんどは後者かな」
説明を受けてミタツは納得した。それに、情報の横流しをするのならば、このビルに住んでいれば到底不可能だろう。
この国は基本的に国王と貴族が政治を回している。なので、どうしても貴族に裏切られると弱いのだ。そして、その貴族がいるから力のあるミタツたち『異界人』の立場も高くはない。
などと様々なことが結びつくことを感じながら、ミタツは一人でうなずく。
「理解できたかな?」
「うん。大丈夫そう」
「なら安心だね。一応ボクも喋りながらおさらいするから、途中で疑問点があれば言って欲しい。それじゃあ始めるよ」
フェリは立ち上がって、背後の壁にどこから取り出したのか、ナイフで傷を付けて俯瞰図を描いていく。そして壁の一点を指して説明を始める。
「まず、潜入方法は至って簡単。塀を乗り越えるだけだ」
「基本的に、そういうところってセンサーがついているんじゃないの?」
「それは大丈夫だよ。ボクの部下にハッカーがいる。解除は今すぐにでもできる状態にしてもらってるから」
「部下?」
「あれ? 言っていなかったっけ?」
ミタツは一切聞いていなかったので、ゆるゆると首を横に振る。それを見てフェリは少し考えるようなそぶりして、まあいいかと言わんばかりにうなずいた。
「まあ、君も部下だし言ってもいっか。一応ボクは暗殺部隊の第二部隊の副隊長をしているんだ。ほとんどの業務は隊長に任せてるし、ボクも自由にやりたいから滅多に力を借りたり貸したりなんてしてないんだけど、今回ばかりはね。対象が隠居してほとんど外に出てこないから侵入するしかないんだ」
「なるほど。じゃあ、そこら辺はその人たちに任せて、僕たちは任務に専念すると」
「その通り。まあ目だった障害はほとんどないんだけれど、ひとつだけ注意しなければいけないところがある」
フェリが屋敷を模した図を指して、神妙な顔で言う。
「警備にはただの人が多いけれど、能力者が二人、恩恵者が一人警備に回っている。配置は聞いていないけれど、おそらく主の部屋の階、二階に配置されてると思われる。だから、その時は君の出番だ」
「……捨て身で肉を断ち骨を断ちながらも接近して攻撃をすると」
「その通りさ。理解が早くて助かる」
なんと、皮肉を若干含めて言ったことがフェリの答えと一致したらしく、ミタツは露骨に苦笑いをする。しかしこの先どんな攻撃が自分に食らわれるのか、なんてことを考えるぐらいには、『死なない』ということに安心していた。
だが、自分の能力が完全にはわかっていない以上、万が一の『死』の警戒はせねばなるまい、とミタツは考える。
「ちなみに、どんな能力なのか、とかはわかってるの?」
「能力者の方はね。『鉄壁』と『催眠』さ。恩恵者は残念ながらわかってない」
「なるほど。鉄壁と催眠」
どちらも比較的わかりやすい能力で助かる。ミタツは頭の中で想像してみる。どうやらミタツはそこまで酷いやられ方をしなくて大丈夫そうだ。
そんな考えは間違いだったとすぐに気がつくことになるが。




