悪役にならなかった令嬢
ブックマークありがとうございます。
「新しい販路を確保したいのよね」
「王家のお墨付きでもいただけたらいいんだけど」
「ブランドのマークこんな感じはどうかしら」
「これだとやっぱり王家から許可をもらわなきゃダメよね」
「御用達、魅力的よね」
近頃の私からよく出る言葉の数々である。商売が行き詰まってるわけではない。子供の頃から10年以上かけてじわじわと広げてきた商売だ。
私のローズマリー商会。みんなと築き上げた私のお城だ。私だけの信頼できる仲間たち。家の力を使わないで私たちだけで作り上げここまで大きくした。
ここが、ここの仲間たちが苦楽を共にしてきた私の本当の家族。
私が一番大事にするもの。大切な大切な人たちが集まった心の拠り所。
必ず守ってみせる。
ここを作ると決めた時から心に強く誓った。
私の本当の願いは……
私はここが正念場だと気合を入れて言葉を発した。
「発言をお許しください」
諾を得て発言を始める。直答の許可まで出されたということは、私としっかり会話をしてくださるつもりがあるのだと受け止める。
「婚約をお受けしたくありません」
周りがざわめく。当然だろう。誰もが望むと思われるその立場を自ら捨てようとしているのだから。
でもいらないものはしょうがない。むしろ邪魔である。断れないがために恐ろしい目にあった悪役令嬢と呼ばれる少女たちがいたことを知っている。
周りのざわめきが鎮まらない。褒美であるというのであれば尚更断りたい。
婚約者として立つ予定だった若者は顔を青くしたり赤くしたり忙しい。その若者は第一王子だ。この王子、第一王子であるが王太子ではない。
「理由を聞いても?」
当然だろう。聞いてもらえるならば喜んで、だ。
「お互い好みではないからです。それをわがままだとはおっしゃらないでください。このまま進めば陛下のお言葉をないがしろにして、私を憎き者と認定し、排するために力を尽くし、王子に王家の血が流れていることをなかったことにされるほどの愚を冒すと予想できるからです」
周りからなんと不敬なという声が届くが私はそのまま言葉を紡ぐ。
「ご存知だと思いますが、私はローズマリー商会の会頭であり運営と最高責任を担っております」
やはりご存知であったのだと、この腹黒狸がと心の中で愚痴る。これが褒美を与えられる原因であるが公には未だ発表されていなかった。雑貨から衣料品まで幅広く展開している商会であるローズマリー商会が諸々を発信し王都の流通に激しく貢献したからである。でもこれが建前であることも事前に調べて知っていた。
「私はそこで、会頭の娘ミルフィーユとして時々店頭に立っております」
そこまで話すと陛下はもう良いと私が話すのを止めた。天井を仰ぎ大きく息を吐き出した陛下は第一王子が何かを言って失態を披露する前に素早く下げさせた。口をパクパクさせていた王子は私を指差すと言う失礼な行動のまま引きずられていった。
私も例に漏れず幼い頃に記憶が蘇った。記憶というのはいわゆる前世の記憶である。そしてよくある、乙女ゲームに似た世界に生まれたのだと知る。幸い我が家は貴族の中で至極まともな家庭であった。私ローズが悪役令嬢とされてしまったのはクソボンボン王子のせいであるとしっかり理解した。
ヒロインはよくある設定の男爵令嬢ではなかったが、ただの平民の娘だった。だから王子と出会うより前、イベントが起こるよりずっと早く行動を開始した。
私の人生の中で唯一家の名前を使ったことだったと言ってもいい。本当に、使ったのは名前だけだけど。
ヒロインにはその頃大好きな男の子の幼馴染がいたので両家の家族に仕事を新しく作り王子の目が届かない場所へ移動してもらった。
ひとまずゲームが始まることは阻止することができたと思う。
幸運なことに訳の分からない能力があるだとか格別優れているということもなく、顔がとってもかわいい気立てがいい、貴族でなければどこでも彼女に見合った幸せを得ることができるだろうと思われる少女であった。
最も幸運だったのが少女が転生者ではなかったことだ。もしかしたら後々記憶が戻るということがあるのかもしれないが、もう手は出せないだろう。隣国へ移ってもらったのだから。どうでも玉の輿に乗りたければ隣国でやってほしいものである。
記憶は戻ったが、全てを覚えてるわけでもないし、だんだん薄れてゆくのが記憶である。そもそも生前の記憶は40代半ばまであった。私にべったりだった娘が私の前でゲームをしていた。直接したわけではないが居間のテレビの前を陣取り、目の前でやられ、私に向けていっぱいお話をしてきた娘のおかげで今こうして恐慌状態に陥ることもなく比較的冷静に行動し対処できている。
万が一、ゲームのように王子の取巻き連合に妙な言いがかりで陥れられた時のために、私なりに地盤を整えた。貴族とは関係ないところで信頼できる仲間を作り足元を固めた。
まずないだろうが、両親に私にかかったお金を返せと言われた時のために、警備代ドレス代家庭教師代食費など諸々計算し、商会を立ち上げる前契約した特許料などから得た個人資産から少しずつ貯めていった。
普通に生活していて私が王子に影響を与えるほど何かをすることはまずない。王子自身に為政者としての資質がなかったのだろう。そしてその取り巻きとなった将来を嘱望された彼らもまた上に立つ者としての覚悟や資質が足りていなかったのだろう。経験不足にしたってあまりにもそのお粗末なさまを見せられた身としてはそのように言うしかない。
ミルフィーユと言う私のもうひとつの姿は関係者以外には性格も話し方も変え、令嬢であることなど微塵も感じさせないように完璧に作り上げられたものである。とはいえ素肌の美しさなどはなかなか隠しようがなかったが、袖の長い服を着たり商品を丁寧に扱うと見せかけた手袋やお貴族様も使っていると宣伝も兼ねた化粧品や日常のお手入れ商品のモニターとして自ら表に立った。下手に汚く見せるためのメイクよりもよほど有効に使ったと我ながら褒めるべきところである。
貴族様の顔の時は、なめられないように少々きつめのメイクを施してあるため、落としたその素顔は自分で言うのもなんだがあどけなさが残っていて可愛らしい感じである。
そう、それはヒロインを思い起こさせるものである。
そして見事に引っかかった。ヒロインではなく私に。
単純にそういうタイプが好きなのだろう。もうこいつはバカなんじゃないかと思うほど私にメロメロになった。演じた私の姿はいい子であるがこれが自分の地だとしたらヘドが出そうなほどである。くどいようだがいい子ではあるのだ。私の好みではないというだけで。友達の中に一人そういうタイプがいたら和むかもしれないが、自分自身がそうなるのは嫌である。
ということでいかに合わないか分かるであろう。そんな甘ちゃんを好む人間とうまく行くはずがないのである。
声を大にして言いたい。
私のような小娘にとんでも事故物件を押し付けないで欲しい。いらないものの始末は他人にさせないで自分達でやりなさいよっ!
その後その場はうまく収められ、何もなかったかのように流れていき、終了後今回の関係者が集められた。
ここで改めて陛下に何が欲しいかを求められた。提示されたものはいらぬと言う私のために聞いてくださったのだと思われる。
下心が丸見えですけどね。
「それでは二つの許可に対し陛下のサインを頂きたく存じます」
陛下は口角をニヤリとあげる。常に私の周りを探っていた陛下だ。願うことはもうわかっているのだろう。
「良い、許可を与える」
「その言葉に二言はございませんか」
「くどい、ない。聞かずともおおよそ見当はつく。早く申せ。証人もこれだけ居るだろう。用心深いぞそなた。ああ、分かった名に誓う。これで良いか」
「ありがたく存じます。それでは」
私は表情を崩さずに許可を願う。
「貴族と家からの籍を抜く許可を頂戴いたしとうございます。それでは早速。陛下の御前を失礼いたします」
私はドレスのかくしから後はサインするだけのその用紙を素早く取り出し陛下の前に広げた。この流れから近くに控えていた書記官により、さっとペンとインク壺が陛下の前に置かれた。
陛下の口が言葉を発しようとしたのを見てとりそれを遮る。
「二言はございませんですのよね」
口を開こうとした言葉を再び遮る。
「名に誓っていただきましたものね」
心の中で言う。簡単に反故にできるような安い名前じゃないでしょう?私の言葉遣いはすでにまるで陛下より上かのような強さを持っていた。
陛下は苦虫を噛み潰したような顔で非常に嫌そうにサインを私に書いてよこした。
「ありがとう存じます失礼いたします」
一息で言い切ると、私は早々にその場を辞することにした。そこで思い出す。
「お父様、今までありがとうございました。後で銀行にお寄りくださいませ。貴族は私の性に合いませんでした。お許しくださいませ」
私は周りがあっけにとられている間にこれでもかというほど素早くその場を後にした。
事前にしっかり綿密に計画を練っていた。
失敗するわけにはいかなかった。捕まえられて力づくで言うことを聞かされることも考慮していた。
私は小走りになる寸前くらいまで急ぎ足で控え室に戻る。そこに残るは私の仲間だけだ。
まずは細工してあるドレスを開く。動きやすいように結んでその結び目に履いていたハイヒールを突っ込んで固定する。
外を見るとすでにはしごが用意されている。庭師も仲間だ。危なげなくはしごを降りていく。
用意されてるフード付きの作業着を急いで被り、二人で超特急で、業者用出入り口から用意しておいた庶民が使う馬車に乗り込む。馬車の帆には出入り業者の印が入っている。
乗り込んだらまず化粧を落とす。アクセサリー類を外し袋にしまった。ドレスを脱いでさらしを巻いてもらう。そこに庭師の服を着て、髪を解き二つに分けて三つ編みをする。三つ編みに袋をかぶせて根元からザクザクと切り落とした。細い髪は馬車の隙間から掃き出す。
「靴とアクセサリーは肥料の中に、髪は腐葉土の中に突っ込んで隠して」
この日専用に作られたドレスは総出で分解され、小さくたたみ、化粧箱にきれいに並べられた。そうまるで商品のように。
次にローズマリー商会の馬車と合流した。細切れドレスは商会の馬車に移される。重ねて張っておいた業者の印の入った馬車の幌も大急ぎで一枚剥ぎ取りローズマリー商会の馬車へ運び込まれた。
馬車の人数も2/3ほどはローズマリー商会の馬車へ移った。
もう私の姿は庭師見習いの姿である。そしてこのまま仲間とともにこの国から出て行くことにした。
ヨハンという名で身分証が出来ている。今の私は男の子だ。
陛下達が気付いた時にはもう国から出ている状態にしておきたい。ローズマリー商会の馬車だとチェックが厳しいかもしれない。先に手が回されているかもしれない。ドレスも覚えられているかもしれない。
だから馬車の中で全部行った。
私たちの予想は間違っていなかったようだ。捜索の手配が回ったらしい。
無事に国を出ることができてみんなで大きく息を吐き出した。
「ヤッター」
「うまくいった」
「せっかくの綺麗な髪がもったいなかったな」
「髪なんかどうせすぐ伸びるわよ」
丸坊主ならさすがに抵抗があるけれど、ただのショートカットだ。私的には何の問題もない。手入れが楽チンで嬉しいくらいだ。
「見事に引っかかってくれてよかったな」
「御用達になんてなったら国から離れられないじゃない」
「大体都合のいいように使おうっていうのが見え見えなんだよな」
貴族社会は私には窮屈だった。記憶が蘇ったからかもしれないし元々貴族としての気概が薄かったのかもしれない。
「ここからさらに海を超えたら目的地だ」
海の向こうはまるで日本のような国である。別に日本人のような姿形の人が住んでいる国というわけではない。日本のような島国に偶然日本人が転生したのではないかと思われる。
だってまるで日本のようだから。
貴族だから商人だから、この二つが揃ったことで運よく情報が入った。そして私の中身が日本人。その国を知った時、その日本のような国に行きたくて仕方がなくなった。胸熱く焦がれた。
仲間たちもその国に焦がれた人間ばかりだ。
私の人生、ここから先が想像するようにうまくいくとは限らない。前世の日本のおばちゃんの記憶が役に立つかどうかは分からない。逆にそれがこれから生きる上で足を引っ張ることも多分にあるだろう。
なんせ今は体が若いのだから。そしてやっぱり心もおばさんじゃなくなっているのだから。
「さあ、これから恋に仕事に頑張るぞ!」
悪役令嬢どころか令嬢でもない私はこうして、私が望む形の自由を勝ち取った。
◇
驚いたが仕方がないとも思った。親子であっても人としての相性は微妙であった。それでもお互い愛情は注ぎあっていたと思う。
とはいっても貴族の家でのことだ。庶民の感覚とは違っていたのだろう。
屋敷では普通の貴族の娘の姿であった。能力的には取り立てて優れたところもなかったが別にそれで構わなかった。少々凛々しいとも言えるが顔立ちは美しい。それだけでも十分家の力にはなると判断できた。
窮屈そうにしていると思わないでもなかったが、若いころにはよくあることだし大して気にもしていなかった。
娘の唯一のわがままらしいわがままといえば、自分が選んだ者だけを専任として傍に置く許可であった。
三つ四つの子供のわがままだとそのまま通してきたが、今思い返すとその頃から考えていたのかもしれない。そう考えると背筋が寒くなる。
ローズマリー商会に出入りしていることは知っていたが、まさか娘が立ち上げたものだとは微塵も思わなかった。
屋敷では本当に凡庸な娘にしか見えていなかったのだ。
娘の言うように銀行に寄った。
すぐに奥に通され、手紙と明細を手渡された。
感謝と謝罪、娘にかかったと思われる金額の算出、さらに家を出たことに対する慰謝料が記載されていた。
ああそういえば、今思い返してみれば、執事達が不思議がっていたものだ。子供の何で何でと問いただしてくる時期に娘が聞いてくるのは、何がいくらだどれがいくらだと、おおよそその頃の子どもらしくないことであったと。しかし聞くだけでその後発展もなかったから、政治に興味があるわけでもなければ神童であったわけでもないと早々に結論を出した。
逃げるように出て行った娘だが、ここまでやれた娘なら野垂れ死ぬことはないだろう。
そして安堵とともに悔しさと怒りも湧いてくる。
才能を隠していたこと、家のためには微塵も動かなかったこと。それを見抜けなかった自分。
手放さないでいたなら、もっと力を得ることができただろう。爵位も上がったに違いない。娘だったらあんな王子でもどうにかうまく転がして隣に収まり続けることもできたのではないかと思う。
しかし娘にとってはそこに価値を見出せなかったから、使われたくなくて逃げるように出て行ってしまった。
陛下にサインをさせたのも、事前に勘違いさせるような布石を打っておいたのだろう。
「娘が最も嫌だったのはあの王子との結婚だったのだろうか?」
貴族の生活が何不自由ない生活だと思っている自分にとって娘の考えは一生理解できないものに違いないと急にそう思えた。
◇
正直ぼんくらだと思いながら仕えている。それでもこちらに利があるうちは多少面倒くさいことがあってもまあこのままでいいかと王子に付き合っていた。
性格に難がある王子になかなか婚約者ができないのは仕方がないと思っていたが、腐っても王太子のスペアである。それもあってなかなか決めることができなかったと知り、あまり適当にするのも憚られるようになった。
候補の令嬢の一人、彼女はどう見ても王子を見下していた。見目麗しさとは反対に心の中はさぞかし濁っているのだろう。なのにいつしか陰では彼女が候補の筆頭であると囁かれるようになっていた。
王子がローズマリー商会の娘、ミルフィーユに恋をした。王子の自覚などなく庶民の娘に熱を上げる姿は滑稽ではあったが、自分も妾に欲しいと思うくらいに魅力的だった。並ぶ姿が意外とお似合いなのが腹が立つ。
自分だけでなく側近たちが皆少しずつ彼女に惹かれていくのを感じていた。
貴族間の力の均衡を保つための婚約。プライドが高く堅苦しい自らの婚約者に比べて、明朗快活なミルフィーユは眩しく温かく感じる。
水面下ではミルフィーユの奪い合いが始まっていた。
そんな時に王子が権力を持ち出し、ミルフィーユを婚約者に迎えたいと言い出した。まず通らないだろうと思っていたその願いは通ることになったと聞かされた。
そのはずが、王子の婚約相手は何故か筆頭だと囁かれる令嬢であった。
しかしそれもその令嬢側から断られることになったが。
彼女がミルフィーユだと分かった今、正式に申し込むことも可能になったとも言える。今の婚約を白紙に戻し、父上にお願いしてみよう。
そう頭の中で思い描いていた景色はあえなく消された。ミルフィーユ自身の手によって。
◇
お嬢様はどこで情報を得たのか知らないが、なかなかの強者たちを身の回りに置いている。
何かに怯え何かに備えている。それはみんなの共有意識だ。
似た者同士が集まっているお嬢様の周りは心地が良い。
お嬢様は常々言っている。家のための婚約をさせられる前に貴族はやめて外国に行くと。そんなこともちろんこの屋敷の主は知らない。専属使用人に旦那様から直接声がかかることはまずない。鬼の居ぬ間にではないが、とてもじゃないがお嬢様の生活を生粋のお貴族様である屋敷の主達旦那様その他ご家族に見せることはできない。
親子関係も兄弟仲も悪くは見えないのにここを出て行こうと考えているお嬢様。
でも私もお嬢様の望む世界を見てみたい。これからも一緒に働いていきたい。
王家の草だとか影だとか言われている中にもお嬢様の専属人が紛れている。笑ってしまう話だ。
城勤めしている中にもお嬢様の専属人が紛れている。紛れ込ませられるくらい早くからお嬢様が使用人を育て仕込んだからだ。
こうやって一緒にこそこそしっかり確実に仕込んでいく仕事はとても楽しいが、お嬢様、その能力はもっと他のためにお使いになられても良いのではないか。
お嬢様がこいつには絶対近づくなと言った人間には近づいてはいけない。その危機管理能力何!あの人とは絶対に仲良くなった方がいいって言うその人を見る目も何!
あそこは鬼門とか言うけれど、鬼門って何ですかお嬢様!あそこに出るのは本物の幽霊だけどあっちに出るのは人間だから大丈夫!って。噂だけでどうやって見分けてるんですかアンタ!!
今まで何かに怯えていたお嬢様が吹っ切れたら、恋に仕事に頑張ると言って周りをズッコケさせた。
惚れた腫れたを持ち込める雰囲気ではなかったけれど、まさか全く気づいてないとか言わないですよねお嬢様。
ねえお嬢様、策謀が絡まない男心の機微にうとすぎやしませんか?
きっとこれからはお嬢様の望むように仕事と恋に頑張らざるを得なくなるのであろう。
そんなお嬢様とこれからも共に働いていきたい。
お読みくださりありがとうございます。