マユの母
<古井戸>の写真を撮り、ここは調べたのかと、薫にラインで送った。
<雪菜>の墓があるT寺に足を向ける。
歩いて20分。
芦川家は古い家柄らしく、多くの墓があった。
真新しい<雪菜>の墓。
「マユ…か?…」
見つけたとたん、泣きそうになる。
供えられた瑞々しい花に、手ぶらできたミスに気付く。
「マユ、セイだよ。分かるか? 手ぶらでゴメン。君のこと、何も知らなかった。何も聞かなくてゴメン。助けて貰ってばっかりで……俺、何でもするから、」
墓石を抱いて半泣きで語りかける。
マユに話したいことは山ほどあったのだ。
でも、
「あの、」
と声を掛けられた。
「へっ」
振り返れば、
なんと、
マユだ。
歓喜のあまり抱きつきそうになる、
一歩手前で気がついた。
どう見ても生身のヒト。
それに……ちょっと老けて見える。
マユにそっくりな、母親だと、気付いた。
白っぽいコートを羽織って、
黒髪のショートヘア。
薄化粧だが、美しい人だった。
ヤバイところを見られたとも、気付く。
「は、はあ、すみません」
この場から、母親の前から逃げようとする。
しかし、強い力で、左手首を捕まれた。
「あなたは、娘の知り合い、ですね?」
骨で成人の姿で、発見された娘。
20年行方不明の間、どこで何をしていたか、未だ分かっていない。
墓に抱きついてブツブツいっていた男を、逃すはずは無かった。
「知っていることを話してくれませんか?」
「……」
聖は混乱し、硬直し、思考が止まっている。
予想外の出会い。
マユと同じカタチの目が、自分を見つめている。
「話してくれないなら、警察を呼びます」
「……ケイサツ?」
ちょっと理性が戻る。警察呼んだらどうなる?
<雪菜>誘拐事件の関係者……と、疑われるかも。
相当ややこしい事になりそうだ。
ああ、でも、この人になんと説明したらいい。
手首を捕まれたまま、無抵抗な状態で
必死で言い訳を考えた。
母親は掴んでいた手の力を弱める。
細い長い指は手首から、革手袋の手へ降りる。
「あら?」
視線は聖の顔から手へ移る。
また、顔を見つめる。
そして、手を離し、聖から一歩離れて……首を傾げる。
「……あなたは、」
と言って、
続く言葉を考えている風情。
聖は、何を言われるのか身構えて待つ。
でも、母親は黙って聖を見つめ、何やら思案している。
「私は、神流と申します。奈良の剥製屋です」
沈黙に耐えきれず、自己紹介していた。
対する母親の言葉は、意外、だった。
「剥製屋の神流さんね、あなたはヒト、なの?」
「へっ?……あ、はい。人間です」
人間では無いものに見えるのか?
それてって、化け物かしらん。
「人間なのね。……それで、この世にいるヒトなの?」
「はあ?……あ、はい。生きています。自分では生きていると思っています」
なんと、死者の幽霊の疑いもかけられた、らしい。
どうして?
考える。
この人は<左手>に触れた。
自分にとっては<死んだ母の手>に。
何かを感じたのだ。
感じる人なのだ。
幽霊や化け物がみえる人だから、疑ったのではないか?
……幽霊がみえる人なら
……真実を話しても、信じてくれるのでは
「あの、自分は貴女に面影の似た『山本マユ』の、友人です。……ただし、マユは最初に会った時から死者でした」
「山本マユ?……雪菜じゃないのね。それがどうして、この墓に?……あ、マユって……覚えがあるわ」
ちょっと首を傾けて、遠くを見る表情が、
推理を始めた時のマユに重なる。
聖は、この人に洗いざらい話そうと、
心を決めた。




