君は誰?
一夜明けて、
ヘリコプターの音で目覚めた。
聖と薫は酔いつぶれ、
ソファで眠った。
昼に近い時刻だった。
「もう、来よったか」
薫が先に起き、テーブル周りを手早く片付ける。
低血圧の聖は、すぐに身体が動かせない。
暫くまどろむ。
薫の姿が視界から消える。
どれくらいの時間が経ったのか。
「……ん?……カオル、仕事行ったのか?」
顔を舐めるシロに聞く。
「いや、今日も休みやで」
薫が作業室から出てきた。
「朝めし、食べよか」
大きなオニギリが乗ったトレイを持っている。
作業室で作ったらしい。
「冷凍ご飯、無かった筈」
「炊いた。上等の梅干し見つけた」
「そんなの、あったの? 忘れていた」
炊きたてご飯の手作りオニギリ。
ゆうべ食べたコンビニオニギリとは別物の美味しさ。
ステンレスのトレイは仕事用。
解体途中で中身の臓物を載せている。
でも、大皿としても使えるのだと、知った。
「おう、出てる」
薫はスマホを見て言う。
「セイ、大人になったユキナちゃんの、CG画像も出てる」
「そうなんだ。熱いお茶、入れてくる」
聖はマユでなかった死体より、美味いオニギリに心が取られてる。
「うん。俺も欲しい」
お茶を持ってくると、何故か薫はパソコンの前に座っていた。
(勝手に触るな、)
と言いたいところだが、薫の顔つきが怖いので言えない。
「どういう事や?……これは、マユちゃんやんか」
薫は画面を指差して言う。
「……え?」
聖は画面を覗く。
すると、そこにCGマユが……マユの顔があるではないか。
「うわ、……どうみてもマユ、」
そこまで、口から出で、慌てて自分の口を押さえた。
自分が山本マユの顔を知っていると、薫にバレては、マズイ。
「カオルが一目惚れした行方不明のマユちゃんに、似てるのか?」
と、聞き直す。
「似てるなんて、もんやない。比べてみるで」
行方不明者情報のサイトから、マユの画像を取り込み、ユキナのCG画像と並べる。
山本マユは、白い、小さな襟のシャツを着て、微笑んでいる。
すこし茶色がかった長い髪、白い肌。
背景は青い空と白い建物。
CG画像は、無表情で肌は平均的な色合い。髪は前が短く真っ黒で重たい感じだ。
雰囲気はまるで違う。
でも、
「頭蓋骨が、同一骨格に見える」
と聖は呟いていた。
「セイが言うなら、確かや……同一人物としたら誘拐されたユキナちゃんは、山本マユとして……」
誘拐犯に育てられ、成人して殺されたのか?
では、何故わざわざ行方不明の届けを出した?
薫は、思いついた謎を並べる。
聖はまだ、頭の整理が付かない。
それに、画像2枚比べただけの判定は完全では無い、と考え直す。
「カオル、偶然、二人が、似たカタチの頭蓋骨だった可能性はあると思うよ。スナップ写真1枚では正確にはカタチを読み取れないし」
「成る程。まず専門家に確認して貰う必要があるな。同一人物の疑いがあれば、山本マユの家族に任意で聴取出来る」
髪の毛一本でも取れたら、ユキナとマユが同一人物かどうか判る、
そう言って、
慌てた様子で、薫は出て行った。
「どういう事、い、一体何で? どう見たって、絶対、これはマユだよな。他人だろ。双子ならともかく、似すぎてる」
薫のオートバイの音が遠ざかったのを確認してから、
聖は、大きな声でシロに感情をぶつけた。
「なあ、こういう事だよ、マユは小さい時誘拐されたユキナちゃん、誘拐って事は、犯人に監禁されていたのか?……逃げだそうとして殺されたかも知れないんだ。……俺、心臓発作で亡くなったと、思い込んでいただけか?」
聖は、行方不明サイトのマユの写真を、瞬きもせずに、見つめ続けた。
そして、マユが自身について語った事を、記憶から捜した。
初めて工房に来たとき、自分が死者と知らなかった。
春にダウンコートを着ていた。
靴を履いていなかった。
モコモコした薄茶色の靴下。
ダウンコートはロング。
コートの下に何を着ているのか
多分スカートだろうが、
見えはしない。
解決済みの事件の犯人に、心当たりがある。
<人殺しは見れば分かる剥製屋>
に、犯人らしき人物を見て欲しいと。
住んでいたのはマンションだ。
病院と家の中で殆ど過ごしていたと言っていた。
他に?
家族のこと……聞いたのだろうか?
覚えが無い。
聞いたけど、忘れたのか?
自分がマユの事を何も聞かなかったのかも。
過去を話せばマユが死者だという現実に繋がりそうで
生前の話を避けてきたのだ……。
「マユに会えたら、全部分かるのに」
本人に聞けばいいのだ。
でも、その夜もマユの訪問は無かった。
事件があって刑事の薫が出入りすれば、
どこかで眺めているかのように、
全て知っているかのように、
気付けば隣に、居てくれた。
でも、今回は違う。
それが、何かの答えかもしれないと、
聖は思い始めていた。




