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シロの贈り物

クリスマスイブ。


聖はヨウムを受け取りに

大阪府東大阪市の、

高層マンションを訪れた。


双子老婆殺害犯の家だった。


「息子から、聞いています。……助かります」

母親が応対した。

「私、実は来月手術なんです。……交通事故で入院したときに、偶然、癌が見つかって……手術したんですけど、再発して……」

やつれた顔は、ずっと自分の足下をみており、

一度も目を合わすことは無かった。


息子の犯した罪と、自身の病が、重く背中にのしかかっているように、身体は前屈していた。

男物のジャージの上下に、派手な柄のエプロン。

そのエプロンが、ひどく汚れていて、……痛々しい雰囲気だった。

(気の毒な人だな)

聖は同情した。


渡されたゲージの中の

白い鳥も、痛々しかった。


「○○モ、シンダラ、エエノニ」

と、ぼそぼそ喋っている。

毎日、そう言われているのだろう。

自分で毟ったのか、ところどころ剥げていた。

退屈でストレスが貯まっての、自傷行為だ。


最低限、水と餌を替えるだけの世話、だったようで、

鳥籠の底には、白い羽根とフンが溜まっていた。


「本当に助かります」

女は籠を、聖の足元に置いて、ドアを開けた。

さあ、さっさと、連れて行ってという風に。

一度も鳥を視なかった。


廊下は寒い。

羽織っていたレザーコートを脱いで鳥籠に被せる。

この鳥には窮屈な、小さい鳥籠だ。


「大丈夫だよ。大切にするから」

怯えた目で見上げる鳥に言い聞かせた。

キイキイ、鳴く声が誰もいない廊下に響く。


(マユは、ここに、居たんだ)

隣の部屋に表札は無かった。


鳥を驚かせないように、慎重に運転して、工房に帰った。

午後1時過ぎに到着。


「さあ、今日から此処が、お前の家だよ」

アルビノのヨウムを籠から出し、放った。

狭い檻から自由になった鳥は、辺りを伺うこともなく、

垂直に飛んだ。


「うそ、まさか……」

垂直に旋回して飛んで

キイーと一声鳴いて、

床に落ちた。


……聖は、この垂直飛行が、鳥の断末魔だと

……知っていた。


「なんで……今……死んじゃうの?」


ヨウムは死んでいた。

手の上に乗せれば温かい。

でも、死んでいる。


弱っていたところに、知らない人間に連れられて、

知らない車で二時間。

繊細な性分なら、ショック死もあり得る。


頭では、この死に方があり得ない事では無いと理解できる。

だが、予測できなかった自分に腹が立つ。

……何回か会って、慣れてから、引き取れば良かった。

……直行で帰らずに、休憩して相手をしてやれば、死ななかったかも。


取り返しのつかない出来事を皆自分のせいだと、思う。


「シロ、新しい家族を連れてきたのに、死んじゃった、よ、」

このショックを語る相手はシロしかいない。

でも、

シロは傍に来ない。

というか、……居ない。


「シロ?」

外へ出て呼ぶ。

確か、出かけるときは工房の中に居たのだ。

四時間くらいだから、外は寒いし、中で待っていてと。


でも、いない。

数時間の付き合いの鳥の死より、

シロが消えたことの方が、

一大事だ。


「ドアは閉めた。シロは、出ていけない、はず、なんだ」

留守の間に誰かが来て……。

相変わらず鍵はない。

あり得る。

でも、誰が?


郵便受けに、宅配の不在届は入っていなかった。

知らない誰かが、ノックの後ドアを開ける。

そんなとき、シロはどうする?


真剣に推理を初めてすぐに、スマホに着信。

山田鈴子からだった。


「にいちゃん、今、どこ?」

「……家です。さっき帰ってきました、けど」


「早かってんな。あんな、一時間前に誘いに、行ったんや。居なかったから、この子、シロちゃんを招待したで」

 と、訳のわからない話。

 だけど、どうやらシロは鈴子が連れ去ったらしいと、それは分かった。

 

「クリスマスやろ。ケーキとチキン、買いすぎて、余って、誘った。もう無いけど。この子ケーキすきなんやね」


鈴子は山田動物霊園の事務所番にケーキとクリスマスチキンセットを買ってきたらしい。

成程。シロは鈴子に誘われて付いていったという事か。

まあ、無事でよかった。


「わかりました。シロに、家に帰るよう言ってください」

犬に言ってわかるのか?

電話越しに自分の声を聴いているだろうから、

何となく、わかるかも。


シロの無事を確認したところで、聖はすぐに仕事に取り掛かった。

死んでしまったヨウムの解体作業だ。

剥製工房で死んだ鳥は、剥製にするのが当然だと。

すぐに解体して、急死の原因も知りたかった。


「かわいそうに……こんな体で、よく生きてられたよな」


鳥は餓死寸前のやせ方だった。

下腹部に水が溜まっていた。

メスに多い病気の症状だ。


「よし、すぐに綺麗にしてあげるから」


痩せて羽根の下の肉は薄い。

脂質の少ない半分ミイラみたいな状態。

骨はスカスカでつかえない。

前に作ったオウムの骨格を利用して……。


時間を忘れて

没頭した。


「何か、変」

首の角度が少々気に入らない。

少し短い。


一本<骨>を入れた方が良さそうだ。

接着剤が乾く前に修正、と決める。

適当な<骨>を捜す。

が、無い。


「作るしかないか」

でも、疲れた。

コーヒー飲んで、一服しよう。


作業室から出る。

窓の外は真っ暗。


「きゅーん」

シロの泣き声。

ドアをひっかいて、哀れな声で鳴いているでは無いか。


「ごめん、」

ドアを開けておくのを、忘れていたのだ。


外は、雪が降っていた。

うっすらと積もり始めている。


シロは、すぐには入ってこなかった。

足下の何かを咥えて、入って来る。


「何、俺にくれるの?」

それは、小さな<骨>だった。


「フライドチキン、食べたんだっけ」

<骨>は綺麗で白い。

犬がしゃぶり尽くした結果なのか?


「アレ、丁度良いかも。使えるかも……シロ、最高のクリスマスプレゼントだよ」

今、一番欲しかったモノを愛犬から貰えた。


「シロ、出来たよ。綺麗な鳥だろ。……新しい家族だよ」

「ワン」

臭いを嗅ぎに来る。


アルビノのヨウムは剥製となって本来の美しさを取り戻していた。

毟った羽根がゲージに残っていたので、人工の羽根を足さずに復元できた。


「女の子だからね、名前は……やっぱ、マユだな」


本当の名前はユキナだったけど、

聖にとってマユは、やっぱりマユだった。

マユと、関わりのある鳥だから欲しかった。

白い、綺麗な鳥は、どことなく雰囲気が似てもいた。


「マユ、今夜から此処が君の家だよ」


聖はヨウムの<マユ>を抱いて、ソファに身体を沈めた。

立ち仕事数時間、没頭していたので、疲れ切っていた。

シロが温かい身体を寄せる。

眠気が唐突にやってきた。


「……セイ、」

夜明けに

マユが……。


声を掛けたときは、深い眠りの中だった。

久しぶりに工房に現れたマユは、ダウンコートを着ては居なかった。


白地に春の花の刺繍。

母親が亡骸に着せた豪華な着物を羽織っていた。


「セイ、私、どうしたのかしら?」


マユは何度か聖の耳元で囁いた。

でも答えは無い。

聖は爆睡だったから。


やがて夜明け。

朝日がカーテンの隙間から工房の中に入って来る。

とたんに<マユ>は意識が薄くなっていくのを感じる。


「ま、いいか。……また会えるよね、シロ」

シロは<マユ>にワン、と答えた。


「きっと会えるよね」

<マユ>は安心したような笑みを浮かべて、姿が薄くなり、……消えた。


聖は眠っている。

<マユ>にまた会えると知らない。

シロが提供した骨が、山に残っていた<マユ>の骨だと、

知らない。


最後まで読んで下さりありがとうございました。

剥製屋事件簿シリーズ、まだ続きます。

       仙堂ルリコ

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